忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

■翻訳読書ノート26                                      北田敬子

「啓蟄を待ちながら」

寒さ厳しい立春に、待たれるのは啓蟄。今年はこの日に東京都文京区千
駄木でファーブル昆虫館「虫の詩人の館」がオープンするという。完訳
『ファーブル昆虫記 第一巻上・下』(ジャン=アンリ・ファーブル著、
奥本大三郎訳、集英社刊 2005)の美装ハードカバー表紙を撫でながら
私も楽しみにしている。贅沢な本だ。訳者は現地取材を重ね、専属の
挿絵画家と写真家を確保し、大きな活字で読者の便宜に応じ、悠々と
全十巻20分冊の刊行を目指す。『すばる』連載を18年続けた上での満を
持しての個人全訳(むろん世界初)である。「虫の詩人の館」が訳者の
自宅敷地に開かれると聞いては、原作者と訳者の深い因縁にまで思いを
馳せぬわけにはいかない。

鳴り物入りの刊行であるから書評も相次ぐ。中には「なぜ今『昆虫記』
なのか」と、ダーウィニズムとファーブルの対決を説き、現代の動物
行動学進展の見地からファーブルの頑迷さをあらためて指摘する書評子
もいる。それでも本書の今日的意義を認め、詳細な訳注を含めた翻訳を
称えるものが殆どである。あらゆる世代に供し、しかも「声に出して
読んで面白い」というこなれた日本語は確かに得がたいものである。
狩人蜂や幼虫、また食客たちの行動描写に「ここを先途とばかり」
「不倶戴天の敵」「鎧袖一触」などという表現が自在に繰り出されると
流石に笑いがこみ上げてくる。講談調と言ってよいかもしれない。日本
語に叙情と勢いがある。自然観察の書としては破格である。それはとり
もなおさず原作の味わいなのだろう。

小学生の頃ファーブルと出会い、昆虫採集に熱中した訳者と同様の道を
辿った旧少年たちから、本書は絶大な支持を得ていると思われる。IT革
命にも市場経済の激動にも真似の出来ないホンモノの興奮がここにはあ
ると。かつて虫愛ずる姫君であったためしのない私でさえ、読み終える
までどこに行くにもずっしり重い本書を手放すことはできなかった。
昆虫とわれらは地球を共有していると実感させる点でも、やはり本書は
きわめて今日的意義を持っている。
PR
この記事にコメントする
Name:
Title:
Mail:
URL:
Color:
Comment:
pass: emoji:Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
最新CM
[12/09 山本ゆうじ]
[12/07 Lisa Hosoi]
[09/29 NONAME]
[09/29 NONAME]
[03/13 エラリー]
カレンダー
01 2020/02 03
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
カウンター
忍者ブログ [PR]
Copyright(C) TranRadar(トランレーダー)ブログ All Rights Reserved