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■ 翻訳読書ノート20

「トルコの紅に魅せられて」

和久井路子氏は『わたしの名は紅』(オルハン・パムク著 藤原書店 
2004)をトルコ語版原著から日本語に翻訳することで、16世紀初めのオ
スマン・トルコ帝国を直接我が国に届けた。原作者パムクは1952年生ま
れの現代作家である。彼が題材とした当時の細密画師たちの直面する東
と西の文化の出会い、宮廷と市井に繰り広げられる人間社会の詳細、ま
た男性と女性、大人と子ども、親子関係など、多様な要素に沸き返るこ
の作品が、翻訳者自身の努力で我が国に紹介されるに至った経緯は特筆
に値する。

『わたしの名は紅』は小説ではある。しかし、物語の手法は類い希なも
のだ。全59章には名人を含め幾人かの主要な細密画師、死者、殺人者、
画師エニシテの娘シェキュレ、彼女の二度目の夫となる画師カラなどの
人物のみならず、犬、木、馬、金貨など画材となるもの、さらには死、
「紅」、悪魔など細密画師たちに大きな影響を与える概念、精神といっ
たものまでもが「語り手」となって読者の前に登場する。あたかも、西
洋絵画の「遠近法」から自由であった古のトルコの細密画がそうである
ように、独特の位置関係を与えられた各要素はそれぞれに語る声を持っ
ている。一見バラバラでありながら、互いが互いを照らしあい全体とし
て一つの世界を描き出す。幼馴染みシェキュレとカラの抑制と功利と情
欲の交差する婚姻譚が、多声の重なりによっていや増しに個人の運命を
超えたものへと変化していくダイナミズムは、西欧的近・現代小説には
ついぞ見かけぬものであろう。個人の署名、個人のスタイルを超えた芸
術が確かにあった時代とその崩壊を、幾多の声が説いていく。

世界史の年表に閉じこめられない現在に至るトルコの人々の価値観、生
活、伝統作法などを一冊の書物がどれほど豊かに伝えうるか、『わたし
の名は紅』は端無くも示しているように思う。百科全書的な小説、と言
うべきかもしれない。不可思議なものと捉えられがちなイスラム世界へ
の扉を、この小説の翻訳が一つ確かに開いたと私は思う。

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