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■ 翻訳読書ノート14                  北田敬子

「日本と世界の距離」

村上龍の『イン ザ・ミソスープ』英文版(ラルフ・マッカーシー訳 講談
社インターナショナル 2003)を読んだ。今夏の映画公開を前に新装(日本
語)版が店頭を賑わす『69 sixty-nine』で大いに笑った後だった。切なく
も輝かしい1969年の佐世保から、一気に30年後の新宿歌舞伎町の夜へ。
長崎弁から無国籍英語へ。片や<笑い>、片や<サイコ・スリラー>と
手法は違っても、作者が読み手を惹きつける強烈な力業は通底している。

海外の読者にはどのように受け止められているのかネット検索してみると
『イン ザ・ミソスープ』英文版は世界中の1224作品を批評するサイト、
“the Complete Review”(http://www.complete-review.com/main/main.html)
では「発想の妙はあるが筋立ては荒唐無稽」として酷評(ランクB-)されて
いる。またそこから辿れるいくつかの新聞書評欄では賛否相半ばしている
のが分かる。いずれも従来の歴史・伝統を色濃く伝える日本作品にはない
世相・風俗への大胆な切り込みには快哉を送りつつ、提示されるビジョン
がニヒルで空疎だと失望を述べてもいる。同姓だが無縁のハルキ・ムラカ
ミとリュウが如何に異なるかを解説するものもある。全面的賞賛にはほど
遠くとも、紛れもない同時代の作品として率直な反応を引き起こしている
ことは確かだ。

『イン ザ・ミソスープ』に描かれる「内にこもる日本」がFrankという他
者に象徴される「外気」に触れた時の脆弱さや、Kenji という言語・文化
の仲介者を通して検証される様を英語でたどると、この汚辱の中にわが国
の現実がよく凝縮されていると感じる。英語版には翻訳不可能な日本語が
多数混じる。Bon-no(煩悩)論争を始め、日本語をそのままに投げつける
不敵さは、他国の読者に相当不可解なインパクトを与えるのではないだろ
うか。ただ「味噌汁」のなんたるかも知らない人々には、この題名の含意
が伝わるかどうか怪しい。しかしいつもながら現実世界での驚愕すべき事
件の数々が既に村上作品の中にあったことを思うにつけ、そもそも歌舞伎
町に日本の表象を読み解こうとするこの作家には日本と世界の距離を超え
ていく軽快さを感じる。海外での忌憚ない批評に晒されることから日本の
小説が鍛えられるだろうことは間違いない。


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