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 ■ 翻訳読書ノート47                  北田 敬子

「亜大陸の白虎」

評判の映画を見逃すと、DVDとなりレンタルが始まるのが待ち遠しい。
最近漸く『スラムドッグ・ミリオネア』を見た。スラム育ちの若者がテ
レビのクイズ番組で全問正解し、大金を手に入れる話と言えば単純化の
しすぎだが、まさに天から垂れた一縷の糸にすがって地獄を脱出するよ
うなスリルと光明を感じさせられるドラマだった。複雑なインド社会の
一端を描く卓抜な作品といえよう。しかし、更に深くその世界に踏み込
むことを望む人に、『グローバリズム出づる処の殺人者より』(アラヴ
ィンド・アディガ著 鈴木恵訳 文藝春秋社 2009)は恰好の小説であ
る。

題名の通り、これは書簡体モノローグである。田舎町の車夫の息子が、
運転を習い覚えるチャンスを得て資産家の運転手に雇われ、インド社会
の闇と光を召使いとして観察する。屈辱的経験を重ねた末、殺害した主
人から奪った金を元手に起業家として成り上がり、訪印する中国首相に
宛てて社会構造、家族制度、カースト制、伝統的価値観とその変化、都
市と田舎、豪邸とスラムなど、インドの実像を克明に解説するという趣
向だ。気鋭のジャーナリストである著者の描写はディテールまで鋭い。
民主主義的選挙の実態(賄賂、饗応、不正投票など)をはじめ、都市に
建設の進む高層マンションの内部(地方豪邸の台所面積にも満たないフ
ラット、召使い専用の地下室のありさま、肥満した金持ちのランニング
の滑稽など)と足下の建築現場の汚濁、また人命のとてつもない軽さ
(轢き逃げ事故、結核死、報復による惨殺など)、いわゆる先進国のお
上品な常識の理解を遙かに超えている。

これは過去の歴史物語なのか、それとも最新の現代小説なのか。その答
えは紛れもなく後者だろう。前述の映画で、スラムに育つ主人公は躊躇
いなく糞壺に飛び込んだ。この小説で、主人公は囚われの「鶏籠」から
抜け出す。ジャングルで一世代にたった一頭しか現れないホワイト・タ
イガー(白虎)との自負あるいは妄想を胸に、託された幼い甥以外すべ
ての係累を犠牲にしても、使用人や奴隷としての人生と決別する。たと
えそれが殺人の上に成り立つものであったとしても。彼は光の世界を牛
耳るものたちが人殺しと無縁だとは思っていない。皆、誰かしらを踏み
つけて特権を得たことを熟知している。だから、現代の「罪と罰」に応
報の必定は描かれない。

インドをカースト制度と家族の絆に縛られた究極の格差社会と断定する
のはもはや旧来の偏見にすぎないのかもしれない。だが、内側にあって
その実情を丹念に描写する文章を読むと、所詮フィクションと侮れない
リアリティーの充満に圧倒される。インド・中国いずれかが近未来にア
ジアの覇者となるのか否か、映画や小説から想像できることは多い。台
頭する世界のパワーを見誤らず読み解くことが、日本語の読者にも必須
と確信させられた。

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