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「生命水はどこに?」

『パリデギ 脱北少女の物語』(黄ソギョン著 青柳優子訳 岩波書店
2008)を読み終えた時、もしどこかでこの作品に通じるものを読んだこ
とがあるとすれば、ミヒャエル・エンデの『モモ』かもしれないという
思いが脳裏を横切った。少女モモが時間泥棒に奪われた人々の命の花を
取り戻す冒険譚は、子供向けのファンタジーと言われるかもしれない。
けれども、超常能力で時空を飛び越えるパリもまた寄る辺を根こそぎに
された人々をつなぐ巷間の巫女であり、これは極めて非西欧的な救済の
寓話ではないだろうか。

「脱北」という言葉の持つ政治性はリアルである。パリは国境の豆満江
を自力で渡り、北朝鮮から中国へ、そして密入国船の船底に詰め込まれ
て九死に一生の目に遭いながらロンドンにたどり着く。不法滞在者のま
まマッサージパーラーで働くうち、ムスリムのパキスタン人一家に縁づ
いたものの、折しも「9.11」事件勃発。アフガンに引き寄せられた弟を
探しに行った夫アリもグァンタモナ刑務所に捕らわれ、彼の不在中に生
まれた娘は同胞の裏切りで死ぬ。北朝鮮の飢餓の描写、密航船の生き地
獄、ロンドンの貧民街の活写は読者に息もつかせない。そして夢のよう
に幻のように時折挿入される、パリの体外遊離場面では、キリスト教も
ヒンズー教もイスラム教も仏教も相対化され、「生命水」を求めてパリ
が飛び越えていく火の海、血の海、砂の海、そして西天の鉄の城を描く
スピード感はシュールリアルと言うべきだろう。パリに時空を超える透
視能力や死者の霊と交感できる力が与えられているとしても、そのこと
で彼女がこの世の苦難から解き放たれるわけではない。艱難辛苦はパリ
に果てしなく襲いかかる。二度目の身籠もりは光明であろうか。

パリデギ「捨てられし者」という名はパリデギ「パリ王女」の意味を含
む。七番目の娘として生まれた女の子は絶望した母に一旦は捨てられる
が、愛犬チルソンが連れ戻す。そんな神話的設定の元に一民族の受難の
みならず、虐げられる人々の命運を一身に受け、押し寄せる災厄を生き
延びていく少女は、自らが母親となっても魂の無垢を失わない。「生命
水」とは毎日の米をとぐ水のことだと知り、祖母や義理の祖父の叡智を
体得していく彼女には、現代的自我の葛藤や自由独立の希求はない。慎
ましい食卓を囲む平安と労りあう家族や縁者との繋がりを何よりの幸い
となす心根があるばかりだ。一度だけ彼女は「恨み」「憎しみ」を自覚
する。だがやがてそれは「恥ずかしさ」「後悔」へと変わる。

パリデギの物語は21世紀の世界を一人の女性に託して描くグローバルな
作品である。その要は西欧的世界観ではないところにあり、声なき人々
の声を響かせるところにある。「私自身は世界のどこにも故郷をもたな
いが、ただ母国語で文章を書く作家だという点だけは忘れまいと思う」
と述べる黄ソギョンに、この翻訳が応える日本語の幸いを思う。
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