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■ 翻訳読書ノート 40 北田敬子

「ロシアの奔流」

ロシア文学の新訳が目につくのは、日本人読者のロシア文学好きを示し
ているのだろうか、それともロシア文学の懐の深さを証明するものだろ
うか。本屋の書棚の前で私は迷っていた。と、その時目に飛び込んでき
たのは『・・・ユモレスカ』の文字。チェーホフだった。その題に惹か
れて手に入れた三巻本。長短合わせて114の掌編を休む間もなく読み通
した。さて、何が分かったか。明治時代以来綿々と続く、ロシア文学愛
好家の長い列最後尾に自分はどうやら立っているらしいこと。

『チェーホフ・ユモレスカ』『同II』『同III』(アントン・パーヴロヴ
ィチ・チェーホフ著 松下裕訳 新潮社 2006, 2007, 2008)は1880年
代後半に、医師兼作家チェーホフが各種雑誌に掲載した短編作品の集積
である。本邦初訳を多数含んでいる。今この時代に、敢えてチェーホフ。
既に没後100年を過ぎた作家である。それでも演劇作品の上演は相次ぎ、
こうして短編も現代人に届く。その魅力は何か。ロシア民衆の人情の機
微、なんというものではない。それも確かに含まれているかもしれない
が、さらに勝るのは民衆の愚昧さと性懲りもなくその本性を描き続ける
作家の冷静沈着な目、そして作品に横溢する諧謔精神であろう。テレビ
のお笑い番組に付き合うのはかなり辛いが、チェーホフには連日ふっと
笑わせられた。爆笑にはほど遠いし、哄笑とも違う。苦笑か、微笑か、
失笑か、いや名付けようもないそれは一瞬の「緩み」という方が近いか
もしれない。作中に出てくるどの男も女も年寄りも中年も若者も、身勝
手で他愛なく哀れなものだ。不運と要領の悪さに僅かばかり持っている
ものを、それがなけなしのカネであろうと若さであろうと将来の希望で
あろうと、ことごとく目の前からかすめ取られてしまう情けなさ。その
原因の多くがヴォトカであり、ちょっとした欲望であり、何より己の虚
栄心であるところが救われない。だが、語り手の巧みな描写に乗せられ
て、これでもかと繰り広げられる人間喜劇にページをめくる手は止まら
ない。そして背景を成す厳寒の風土、雪解けの季節の麗しさ、都市の汚
穢等々、精緻な観察が時空を超えた人の世の普遍性を静かに物語るので
ある。

帝政ロシア末期の零落した貴族、下級官吏、農奴上がり、役者達、召使
い、職人、宿無し、奥方、亭主、求婚者、旅人…、彼らの人生の刻一刻
が見いだされ、ごく簡潔に書きとどめられる。大まじめに犯される失敗
の数々。そこには現代の利便性のかけらもないけれど、不如意だけは共
通にある。どのようにしてこのチェーホフの描く世界を日本語にするこ
とが可能になったか、後書きに記された翻訳者松下裕氏のロシア語習得
の過程も興味深い。驚愕や失意、そして諦念。無知と偏見、知ったかぶ
りや追従、疑心暗鬼。それらはほんのささやかな幸福を飲み込んで渦巻
く。短編が集まって奔流となる様は圧巻である。将来のロシアを知る手
がかりもこの中に確実にあると思った。100年で人間はそう変わらない。
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