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■ 翻訳読書ノート39 北田敬子

「バイリンガルであるということ」

我が国では、バイリンガルであることは特殊な能力と見なされる。通訳
は花形職業の一つでもある。けれども、小説『通訳/インタープリター』
(スキ・キム著 国重純二訳 集英社 2007)を読むと、人がバイリンガル
となる経緯や、二つの言語を仲介する人間の精神的葛藤、そして多民族
国家で生きるとはどのような経験なのかを、深く幾重にも知らされる。
知的な都市小説としても読めるこの作品は、アメリカの一角に確かな杭
を打ち込んだ。

これは韓国から渡米した移民一家の物語である。両親は英語を身につけ
ることもなくニューヨークの下町を転々としながら商売に明け暮れた。
6歳と5歳で韓国を出た姉妹には祖国の記憶がほとんどない。妹のスージー
は、容姿端麗頭脳明晰な姉のグレイスが発する拒絶的態度に疑問を抱き
ながら成長する。親子ほども年の違うアメリカ人東アジア文化研究家と
の駆け落ちでスージーは勘当され、やがて両親は何者かに射殺される。
法廷通訳となったスージーは事件の五年後に両親の不審な死亡原因を探
り始める。小説は全編スージーによる謎解きの体裁で進行するが、やが
て明らかになるのは彼女の知らなかった同胞社会の暗部であり、同胞を
裏切ってもアメリカ社会を這い上ろうとした両親の蹉跌であり、母国語
と英語の両方ができるが故に両親とINS(米国移民帰化局)の間に立って
双方の要請を一身に受けたグレイスの苦悩だった。スージーにとって重
要な人物たちは、その愛人であれ、姉であれ両親であれ、ほとんど実際
には登場しない。記憶、電話の声、届けられるアイリスの花束、散骨し
た岬の灯台など、象徴的なものばかり。三十歳になるスージーはアメリ
カの夢を信奉するどころか、パスポートさえ持たない自分の居場所に幻
滅している。彼女にとって二カ国語を自在に操ることは宿命でこそあれ、
成功への階段を約束するものでは全くない。ナバコフすら皮肉を込めて
語られる。スージーを支えるごくわずかな友人たちにも、アメリカの夢
の具現者はいない。ましてやことばができるからといって、アメリカ社
会に同化できるわけがないと「移民の優等生」といわれる韓国系アメリ
カ人スージーが思い定めている様には、虚無と強靱さが同居する。豊か
ならざるアメリカ、スラムのニューヨーク、韓国人コミュニティー、ア
ジア的アイデンティティー。幸運も幸福も何処にも見えない。スージー
の夢想の一瞬の他には。

だがこの小説に希望はないのだろうか。姉妹は決別したかに見えて、底
知れぬ孤独に耐え抜いたもの同士、魂の奥深くで呼び合う半身と互いを
認め合っていたことが分かる。グレイスの死は遂に確定されずに小説は
終わる。二人の人間がアメリカ人になる長い道程。国とは、民族とは、
家族とは何か、異質であることが常態の移民の中から生まれたこの作品
には、通訳という立場で初めて知り得る越境の実体が丹念に描かれてい
る。バイリンガルであることは己の内側で境界線を意識しつつ解体する、
生存を賭けた闘いと私は諒解した。
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