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 ■ 翻訳読書ノート37                  北田敬子

「オオカミが来た!」

 早春の候、日本各地にも遥か中国大陸から黄砂が飛来する。万里の長城
 も海峡もハイテク技術にもそれを食い止める術はない。かつて肥沃な草
 原だった広大なモンゴル平原が不毛の砂漠と化していく理由を十分認識
 している現代人がどれほどいるだろう。私は考えてみたこともなかった。
 だが、一冊の本が無知に安住する脳をひっくり返した。

『神なるオオカミ』上・下(姜戎((ジャン・ロン))著 唐亜明・関野
 喜久子訳  講談社 2007)を読むことは一つのまったく新しい経験だっ
 たと思う。文化大革命当時の1970年代を内モンゴル・オロン草原に下放
 され、羊飼いとなって11年簡過ごした北京の「知識青年」陳陣(チェン・
 ジェン)と共に、自分もまた時空を越えて草原に赴いたような臨場感を
 終始持ち続けることができた。草原の民が恐れ敬い続けるオオカミに魅
 了された陳陣は、タブーを犯して子オオカミを手に入れ、飼育するとい
 う「科学実験」を実行する。「小狼(シャオラン)」と名付けられた一
 匹のオオカミは、陳陣に絶対人に屈服しないオオカミの本性を余すとこ
 ろ無く教える。さらに統制が取れ、老練な戦術に長けたオオカミの群れ
 による家畜襲撃の凄まじい死闘、補食関係にある草原の動植物の繊細微
 妙な連鎖、オオカミトーテムを崇敬し幾千年に及ぶ伝統を死守してきた
 遊牧民族の叡智、草原に侵攻する農耕漢民族と草原の生命との軋轢等々、
 列挙しきれないほどいくつもの局面から陳陣の体験が綴られていく。陳
 陣と小狼の関わりを描く部分だけでもこの上なくスリリングな動物記で
 あるが、より大きな文脈の中でオオカミがモンゴル帝国の興亡とどのよ
 うに関わり、中国歴代の王朝に如何なる影響を与えてきたか、やがて北
 京に戻って学究の道を歩む陳陣の歴史観が披瀝される部分のバックボー
 ンとして、小狼が伝えることには限りがない。

 この自伝的、地誌学的、民俗学的、歴史学的、環境学的(まだいくらで
 も並べられる)小説は、個人の体験を元にしながら33年の歳月をかけて
 創造された他に例のない大きな作品である。「狼生」と「羊性」の対比
 のみで民族性を断じることができるか、中国の王朝や諸国の群雄割拠を
 そう一刀両断に論じられるか、反論はいくらでも噴出するだろう。現に
 中国でこの書籍は国家のアイデンティティーをめぐる論争の火種である
 という。だが、それでも『神なるオオカミ』は大自然を語り、人を含め
 た生命を観察し、変化する地球について思索する壮大な舞台であること
 に変わりはない。オオカミたちの生態は圧倒的な魅力を持って読み手に
 迫る。闇に響き渡るオオカミの遠吠えが本当に聞こえてくるようだ。

 姜戎は絶滅種の再生を説くのではない。自由と不屈の魂の象徴として、
 ヒトの内なるオオカミの復権を示唆するのみである。人前に実像を晒さ
 ない作者は神話を書いたのかもしれない。翻訳者達はその姜戎と直接交
 流しながら日本語版を完成させた。読者は幸福だ。

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