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 ■ 翻訳読書ノート 31「アフリカの魂」         北田 敬子

数年前にフランスの友人が「私と家族はルワンダにいたことがある」と
言うのを聞いた時、「あの大虐殺の国?」と尋ねかけて私は口をつぐん
だ。あまりにも失敬な物言いになりそうだったので。また、後に『ホテ
ル・ルワンダ』上映運動が起こっていることは知っていたが何もせずに
いた。アフリカの地に思いを馳せるのは何と難しいことだろう。しかし、
一冊の本が時空を難なく越えて事の核心に人を連れて行くことがある。
『生かされて。』(イマキュレー・イリバギザ、スティーヴ・アーウィ
ン著 堤江実訳 PHP研究所刊 2006)はそのような作品だった。

但し、これはフツ族とツチ族の対立抗争を物語る歴史書ではないし、
1994年の大虐殺の純然たるルポルタージュですらない。仲良く不自由な
く愛情に溢れて暮らしていたルワンダの一家族が、突如ジェノサイドの
嵐に巻き込まれ情け容赦なく殺されていく渦中に、奇跡的に生き延びる
ことのできた若い女性、イマキュレーの体験談である。彼女は三ヶ月間
フツ族の牧師の家のトイレにツチ族の7人の女性たちと共に物音を立てる
ことも身動きもならず隠れていた。フランス軍に保護されてからも幾度
も危機に瀕し、やがてツチ族解放軍キャンプを経て首都キガリへ、そし
て国連に職を得、結婚してアメリカへという波瀾万丈の経験をくぐり抜
けていく。どの場面も壮絶で過酷なものであるのは確かだが、特筆すべ
きはイマキュレーの「祈り」だ。外界の悲惨を越えるもの、憎悪と復讐
の連鎖を断つものとして示される彼女の「祈り」は、具体的な行為であ
り激しい精神活動である。トイレの中で静止した状態で一日に十時間以
上も祈り続け、至福の瞬間さえ得るイマキュレーの内観が描き尽くされ
る。私自身はカトリックの信仰と無縁の徒であるにもかかわらず、イマ
キュレーの「祈り」や「神」との交感を不可解なものとは感じなかった。
人間の命とは魂の働きなのかと感得させられる他なかった。

『生かされて。』は原題を"Left to Tell"という。なるほど証言するた
めにこの世に残されたということか。ホロコーストは過去の悪夢ではな
く、いつどこで再現されるかしれない。アフリカに介入したヨーロッパ
列強が元凶ではないのかと思いつつ、ルワンダから発せられた一筋の光
を見失うまいとも思う。残忍な殺人と寛容な魂。いずれもが人間の実相
と言えよう。『生かされて。』を読みながら『ホテル・ルワンダ』の
DVDを見た。ルワンダの苦界浄土。いずれも殺戮の狂気から10年の時を
経てようやく語り出された記憶である。救済と希望のありかについて、
ルワンダは万人に問いかける。

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