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 ■翻訳読書ノート30 「悪童を産んだひと」               
                           北田 敬子

今から十年ほど前、アゴタ・クリストフの一大ブームがあったという。
不明にして私はその熱気を知らずに過ごしてしまった。来日した作家の
講演会に接した人々も多いに違いない。そのような喧噪とは全く無縁に、
今年の夏初めて『悪童日記』を手に取り、おそらく当時熱狂した読者た
ちと同じような道筋を辿って私もこの作家の作品を片端から読んだ。
後発の読者にも利点があったとすればそれは、今年相次いで訳出・出版
された彼女の自伝や短編集も併せて読めたことだろう。

『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』(堀茂樹訳 白水社 2006)は6月
に、そして短編集『どちらでもいい』(堀茂樹訳 早川書房 2006)は
9月に出た、いずれも薄手の美しい装丁の本である。それらは見かけも
中身も『悪童日記』三部作全体のボリュームや残忍なまでに読み手の意
表をつくストーリーとは乖離した掌編のように見えるが、作家の創作の
軌道を明かすという意味で戦慄を覚える作品群である。とりわけ『自伝』
では、一人の故国喪失者が偶然に導かれ如何にしてフランス語で書く作
家となったかが、これほど凝縮することは不可能なほど短い言葉で語ら
れる。自ら選んだとはいえ故国を永遠に去ることが母語を葬ることにも
なり、難民として一旦は「文盲」になって新に異境の言語を学び始める
ところから出発した作家というアゴタ・クリストフの自己表明に、読者
は厳粛な感慨を持って立ち会わざるを得ない。

課せられ、引き受けた言語で書かれた作品群があの類い希な戦争譚、あ
るいは第二次大戦後の中・東欧の運命譚だとしたら、経済的繁栄を謳歌
する北半球西側陣営のいずれから産み出されたものとも異なる過激さに
裏打ちされていることの意味が理解出来る。そしてあんなに面白く興奮
しながら読破した『悪童日記』が何故『二人の証拠』『第三の嘘』、ま
た短編集『昨日』、そしてこの『どちらでもいい』と進むに連れてます
ます引き締まり、かつ荒涼とした絶望感に満たされていくのか、散文に
先立つ戯曲集『怪物』に漂う不条理の笑いさえ希薄になっていくのか、
諒解できるのではないだろうか。それを私は失望とは感じない。極端に
少ない言葉の喚起する状況・情景には、消費されるものとしての昨今の
文学作品には望めないものが見える。過酷な生の真実、ともいうべきも
のが。仮にこの先もう大部の新作発表はないとしても、アゴタ・クリス
トフは一過性ブームの対極をなす。難民が生まれ続けているこの世界に
おいて。(『文盲』以外、アゴタ・クリストフ作品は全て早川書房刊。)
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