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「メディカル・サイエンスの揺籃期」                                     
                                      北田敬子 

『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(ウェンディー・ムーア著
 矢野真千子訳 河出書房新社 2007年)は18世紀ロンドンの外科医にして
 解剖学者、ジョン・ハンターの奇想天外な人生と彼の生きた時代を余す
 ところなく描き、実に驚嘆すべき人物としてハンターを現代に蘇らせた。
 消毒の概念も麻酔法もないところで外科手術を行う西洋近代医学揺籃期
 の実態、保守的で旧弊なイギリス医学界の体質、聖書の創世記神話を越
 えて生命科学が萌芽しつつある様子が手に取るように分かる。ニュート
 ンとダーウィンの間の時代をハンターは生きた。

 イギリスが海外に勢力を広げた時代に、ロンドンには世界中からヒトと
 モノが集まってきた。ハンターが鯨、カンガルー、キリンといった凡そ
 ブリテン島には縁もゆかりもない動物の標本を作ることができたのも国
 力の隆盛と大いに連動している。倦むことのない情熱でヒトの身体を解
 剖し、それを後進に公開し、医学教育のあるべき姿を主張し続けたハン
 ターに頑迷な伝統主義者たちが立ちはだかる様は、いつの世も変わらな
 い改革者の宿命を示しているが、ハンターの偏屈ぶりもこれまた常道を
 逸している。天才的なメスさばきの一方で人心の機微には疎く、人情家
 でありながら怜悧な蒐集家でもあり、狙った獲物は何としても手に入れ
 る貪欲さが崇拝者とともに敵もたくさん作った。これまでハンターが華
 々しく歴史の表舞台に出てくることがなかったのは、作為的に彼の業績
 が貶められていたからでもある。無名の患者たち、各地から集まる彼の
 私設解剖学教室の学生たち、それぞれに病苦も抱えた高名な当時の学者・
 文化人たち、そして郊外の屋敷に増え続ける動物たち、遂にハンテリア
 ン博物館となった彼の膨大な収集品の数々。煮えくりかえるようなロン
 ドンの喧噪を背景に、「科学的外科の創始者」ジョン・ハンターはいま
 わの際まで反骨を貫く。

 「観察し、推論し、記録せよ」と主張するハンター流の外科教育はあの
 時代にどれほど革命的であったか、そして解剖を通して実践される生体
 内部の探索が、マクロの世界への旅に勝るとも劣らない大冒険であった
 こと(あり続けること)を本書は証言する。それにしても、「ジギル博
 士とハイド氏」のモデルとも「ドリトル先生」のモデルともいわれるジ
 ョン・ハンター像の、何と生彩に満ちあふれていることか。進化し続け
 る現代の医療技術、先端医学の大元にこんな破天荒な大先達がいたこと
 を今日の医学生たちは知っているだろうか。科学的精神と宗教・倫理・
 社会通念のせめぎあう様も含めて、むしろこれは未来に差し出される一
 冊と読んだ。

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