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  ■ サリヴァン先生は20歳だった。  ―――『奇跡の人』
                                                    今井 克佳

実はウェルメイド・プレイはあまり好きではない。リアルな演技とリア
ルな衣装。わかりやすいストーリー。日本人が顔を黒く塗って黒人を演
じる翻訳劇。多くの現代演劇を観るうちに、そうした芝居からはあまり
刺激を受けなくなってしまったのだ。それでも大竹しのぶのサリヴァン
先生で六演を重ねたこの舞台が、キャストを一新すると聞いて、なぜか
またチケットを申し込んでいた。

アン・バンクロフトの主演でモノクロ時代のハリウッド映画にもなった、
ウィリアム・ギブソンの戯曲。あまりにも有名な、三重苦の偉人ヘレン・
ケラーと家庭教師アニー・サリヴァンの出会いから、「ウォーター」と
いう語をきっかけにヘレンがはじめて「言葉」の存在に「開眼」するま
での話だ。休憩2回を挟む3時間近い大作で、今回のヘレンは初舞台の
石原さとみ、アニーは田畑智子である。

3年前に観たはずなのに、いくつかのシーンの他、ほとんど細かい内容
は忘れてしまっていた。人間の記憶などあいまいなものだ。しかし観始
めると次第に、前回の衝撃を思い出した。記憶の底に沈んでいたが、そ
の感動を覚えていた私の潜在意識が、今回もチケットを購入させたのに
違いない。

まず思い出したのは、なぜかイメージでは中年女性のような気がしてし
まうアニー・サリヴァンが(幼少期に読んだ伝記の挿絵か何かのせいで
あろうか)、実は20歳になったばかりで、盲学校を卒業したばかりの
新米教師であったということ。アニー自身も、孤児であり、盲目であっ
た。養育院から盲学校に入り、何度かの手術で視力を取り戻してはいた
が、サングラスで常に強い光からは目を守る必要があったのだ。

この芝居はヘレンの物語であるより、むしろこのアニーの物語だ。慣れ
親しんだアメリカ北部の盲学校を離れ、慣れない南部の軍人の家庭に一
人飛び込んでいくアニー。弟を養育院で亡くしてしまったというトラウ
マにとらわれながら、甘やかされて欲望のおもむくままに育ってしまっ
たヘレンに、「言葉」を教えようと奮闘し、家族が心配するほどのとっ
くみあいの闘争が続く。やがて、指文字を模倣することを覚え、ナプキ
ンをつけて食事ができるようになったヘレンを家族は喜ぶが、アニーは
納得しない。

モノには名前があるということをヘレンが理解することが最も大切なこ
とだという。アニーはあくまでもヘレンが「言葉」を獲得することにこ
だわる。20歳にしてこの確信はどこから得たものなのだろうか。多分
盲学校で受けた教育や自分の体験でもあるだろう。アニーが恩師の論文
集を研究し続けているシーンもちらりと出てくる。それにしても。「言
葉、言葉、言葉」。

前世紀から今世紀への前衛文化は、常に「言葉」に対して不信を投げつ
けてきた。確かに「言葉」は意味を単一に限定し、ときには私たちのイ
メージや思想、行動をしばりつけ、自由を奪う。現代人は「言葉」で表
現できない世界を求め、論理につかまらない生き方を模索しているよう
にも思える。スピリチュアル・ブーム、右脳ブームなどもその一つだろ
う。

しかし人間が人間であるための必須の条件が「言葉」なのだ。「言葉」
があってこそ、「言葉」を遊び、「言葉」から遠ざかれる。それはいか
にも西洋近代的な言語重視の考え方かもしれない。しかしほとんど事実
そのままだというアニーとヘレンの物語は、圧倒的な説得力をもって、
人間が「言葉」なしでは生きられないという真実をつきつけてくる。

たとえば、生後6ヶ月でまだ健常であったヘレンが、水を「ウォーター」
と片言で言おうとしていた、という経験がなかったとしたら、ヘレンは
「言葉」を取り戻せたのであろうか。恐ろしい仮定である。演技や演出
を楽しむということからは離れてしまったが、私たちにとっての「言葉」
ということについて、深く深く思いを馳せることのできたひと時であっ
た。圧倒的な戯曲の力といえよう。これもまた演劇体験である。

上演情報
『奇跡の人』(企画制作 ホリプロ)
2006年10月4日~2006年10月22日 青山劇場
作 ウィリアム・ギブソン
翻訳 常田景子
演出 鈴木裕美
出演 石原さとみ 田畑智子 ほか
http://www.horipro.co.jp/ticket/kouen.cgi?Detail=76
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