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 ■ 写真文化の「終わりの始まり」            田村 洋一

 米 Eastman Kodak は2009年6月22日付プレスリリースで、同社の看板
商品ともいえるカラー・リバーサルフィルム「Kodachrome」の終息
("retire"と表現)を宣言しました。販売は在庫限りで、その時期は北米
では今秋早々になるとの見通しも付記しています(日本では2007年に販
売終了)。Kodachrome は1935年に商品化され、少しずつ改良を加えられ
て、実に74年間もブランドを維持してきました。1973年にはポール・サ
イモンが「Mama, don't take my Kodachrome away!」と歌った
「Kodachrome (ぼくのコダクローム)」が米国で大ヒット。商品名がその
ままタイトルになっているのに CM ソングではないという珍しい曲で、
日本でも知っている人は多いと思います。

 Kodachrome が欧米でロングセラーになった背景には、家庭でスライ
ドショーを楽しむ習慣がありました。日本では自宅にスライドプロジェ
クターがある人は写真好きの中でも少数派で、大半はサービス判程度の
プリントで満足していました。しかし、これではフィルムの性能が全く
活かされません。優秀なプロジェクターなら一辺が2mを超える大画面を
均一の明るさで投影することができ、等身大の人物や、プリントでは見
えないディテールが再現され、素晴らしい迫力を楽しめます。この画質
をよく知っている私には、現在の液晶プロジェクターやハイビジョンは
もの足りません。

 優れた粒状性と独特の深い色合いが支持されてきた Kodachrome です
が、同じ Kodak の後発製品で高感度で融通のきく Ektachrome シリー
ズや、富士フイルムやコニカなどのリバーサルフィルムの性能向上に押
されて、次第にシェアを落とすことになります。「外式」と呼ばれる
Kodachrome 独自の現像方式には、現像後のスライドが数十年以上の長
期保存に耐えるという大きな長所がある反面、処理できる現像所(ラボ)
が限られるという短所があり、利用者が減るにつれてラボのネットワー
クを維持することが困難になりました。最終的に残った指定ラボは世界
中でたった1カ所、カンザス州の Dwayne's Photo のみとは驚きです。

 写真が仕事の一部である私にとって、Kodachrome の消滅は寂しいニ
ュースという以上に、銀塩写真の技術で支えられてきた160年に及ぶ写
真文化が終焉に向かう第一歩のように思われます。確かに Kodachrome
がなくては写真が撮れないということはなく、いまのところ Kodak、富
士フイルム、ドイツの AgfaPhoto、英国の ILFORD PHOTO、中国の Lucky
Film などから多様なフィルムが提供されています。しかし、この状況
が変化するのもそう遠くないことでしょう。カメラ用の写真フィルムだ
けでなく銀塩フィルム全般の需要が減少しているのです。商業印刷や新
聞印刷のダイレクト製版化で製版用フィルムが減少、医用X線フィルム
は X線IP(imaging plate)に移行、映画のデジタル化でフィルムを使用
しない撮影が一般化、等々。優れたフィルムを提供していたコニカが感
材事業からの撤退を余儀なくされたのは記憶に新しいところです。

 JCFA(日本カラーラボ協会)の資料によれば、銀塩フィルム用カメラの
国内出荷台数は過去4年間にわたり前年比50%前後も減り続け、2008年
度には事実上ゼロとなりました(デジタルカメラは約1111万台)。つまり、
出荷ベースではデジタルカメラへの世代交代が完了したと言えます。現
在使われている銀塩カメラは急速に「クラシックカメラ」と化すことに
なり、フィルムの消費量は確実に減っていきます。カメラの統計に含ま
れないレンズ付きフィルムの国内出荷量は、約5800万本(2004)から約16
00万本(2008)に減少しました。そのうち相当部分がカメラ付きケータイ
に移行したと推測されます。撮影用フィルムの需要が一定水準を下回れ
ば、大幅な値上げか製造打ち切りが待っています。

 カメラのデジタル化は「写真」そのものを変質させます。あるコンパ
クトカメラは、撮影した画像データの人物の顔だけを小さく加工してモ
デル風の「小顔」にできる機能を備えています。これは遠近感の強調の
ような技法とは全く異なり、「真を写す」という写真の原則への挑戦で
す。別の一眼レフは写真(静止画)とビデオ(動画)の両用機です。アンリ・
カルティエ=ブレッソンの歴史的写真集「決定的瞬間」(1952)が語るよ
うに写真が切り取るのは「瞬間」であり、一方、ビデオが捉えるのは
「時間」です。この2つは全く異なるアプローチです。「両方を1台で兼
用できれば便利」と専門メーカーが考えるところに危うさを感じます。
さらに、8月に海上保安庁が導入した証拠写真撮影用のデジタルカメラ
には、画像データの改竄防止機能が組み込まれています。警察庁も年内
に同様のカメラを導入する予定です。これを裏返せば、一般のデジタル
カメラで撮影した「写真」は事実の記録であっても証拠能力がないこと
になります。司法機関が撮影した写真しか信じられない世の中は不幸で
す。

 作家、吉行淳之介さんに「暗室」(1970)という作品があります。銀塩
写真の終焉と共に、この題名の微妙なニュアンスが感じられなくなるの
も、時間の問題なのでしょうか。
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