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■ Hiram Bullock 走る   田村洋一

 大阪生まれの米国人、Hiram Bullock(ハイラム・ブロック)という素
晴らしいギタリストがいました。日本ではジャズやファンクの熱心なフ
ァンを除いて知名度は高くなく、情報量も非常に少ないようです。でも、
そのギターの音色は誰でも聴いたことがあるはずです。Billy Joelの大
ヒット「The Stranger」やSteelyDanの「Gaucho」、サックス奏者David
Sanbornの数々のアルバムをはじめ、ジャズからポップスまで優に100を
超えるアルバムに強力な助っ人として参加しているのです。Hiramのこ
とを過去形で書かなければならないのは心が痛みます。今年7月25日に
死去、まだ52歳でした。

 経歴や演奏活動についてはThe New York Timesの記事やHiramの公式
Webサイト(なかなか良くできている)を見ていただくとして、私の個人
的な印象を書きとめておきたいと思います。ある出来事が今でも強く記
憶に残っているのです。

 1970年代後半から90年代初頭にかけて、ジャズファンを楽しませてい
たのが真夏のジャズ・フェスティバル「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」
(東京:よみうりランド)です。1万3000人収容の巨大な野外劇場「East」
が満員になると、ミュージシャンと観客の熱気で暑さなど忘れてしまう
ほどです。1984年7月、チケットの入手が容易ではないこのコンサート
を、わけあって私は記者席から楽しめることになりました。当日の出演
は名アレンジャーGil Evansが率いるビッグバンド。72歳のGilは秀逸な
編曲とプレーヤーの自主性を尊重するリーダーとして、多くのジャズメ
ンの尊敬を集めていました。しかし、この日はトラブルに見舞われます。

 このバンドの編成は少し変則的で、Gil自身のピアノ以外にキーボー
ド(シンセサイザ?)が2台ありました。演奏が始まってすぐ何かおかし
いと感じました。音のバランスが変です。下手側の最後列にいる左側の
キーボード奏者(たぶんPete Levin)が、演奏しながら背後のスタッフに
しきりに何か言っています。そのうち私にも事情がわかりました。キー
ボードの音が出ていない!…すでに本番が始まっているのですから大事
件です。気の毒なことに、このキーボードは最後までダウンしたままで、
奏者は引っ込むこともできず、弾いているふりを続けなければならなか
ったのです。最悪の1日だったことでしょう。

 しかし、バンドの演奏は徐々に調子を上げ、キーボードの不調をあま
り感じさせませんでした。メンバーは全員がバンドリーダー級の強者揃
いですから(日本なら、前田憲男とウインドブレイカーズのような)、
Gil自身がアドリブでアレンジを変えたか、抜けた部分を他のパートの
メンバーがカバーしたのでしょう。この優秀なメンバーの中にサングラ
スをかけた若い黒人ギタリストがいました。長身で精悍な彼はステージ
下手の最前列で、ロック系で使われることの多いソリッドギター(スト
ラトキャスター・タイプ)を弾いていましたが、目についたのは彼の左
足(たぶん)です。膝から下がギプスに覆われています。骨折した脚をひ
きずって海外公演に参加するというのは大した根性です。それだけでも
目立つのに、度肝を抜かれたのはその後です。

 アンコール曲が終わったかどうかというとき、そのギタリストは楽器
を背中に回すと、高さ1m以上ある舞台からひょいと客席に飛び下りま
した。もちろん骨折していないほうの脚で着地したのですが、そのまま
舞台を背に、すごいスピードで客席中央の通路を後方へ片足飛びで飛ん
でいったかと思うと、途中で右折して横方向の通路を端まで疾走、最後
はまた方向を変えて舞台に駆け上がっていきました…もちろん片足だけ
で。その間、10数秒。「いったいなんて奴だ!」としか形容できません。
これが28歳のHiram Bullockです。近年の彼の巨体しか知らない人には
信じられない話でしょう。観客は拍手喝采でした。

 これは観客を楽しませる彼一流のサービスとも考えられますが、フラ
ストレーションの爆発のようにも見えます。このバンドにはHiramのマイ
アミ大学以来の旧友で天才ベーシストのJaco Pastriusが参加する予定で
したが、演奏中にJacoがフィーチャーされた記憶がありません。Jacoは
躁鬱病に悩まされて奇行が話題になっていた頃で、あるいは本番には出
演できなかった可能性があります。キーボードの不調もあり、バンドと
して最善の演奏ができなかったとすれば、私にはHiramの超人的パフォー
マンスが納得できるのです(この日のライブ盤はありません)。

 Hiramは演奏テクニックをひけらかすタイプではなく、伸びやかにギ
ターを歌わせる音楽性豊かなアーティストです。ギターが一番上手なシ
ンガー&ソングライターという表現も冗談とばかりは言えません。自分
のリーダーアルバムの曲はほとんど自作で、歌も巧いのです。その言動
から明るくハッピーな性格に見えますが、自分のアルバムは全て自分で
プロデュースするというレコードの制作姿勢からは完全主義者の顔が見
えます。私の愛聴盤「Way Kool」は1988年に着手し、1992年に発売にこ
ぎ着けました。この中で「At last!! 一時は日の目を見ないで終わるん
じゃないかと思った」と書いているくらいです。結構ストレスも多かっ
たのではないでしょうか。一時、ドラッグに溺れたことからもそれが窺
われます。

 2008年3月29日付の短いブログ(Hiramの場合は洒落で"Bullog"と書く)
は病床で書いたもので、その中で、喉の癌で化学療法を受けていること、
味覚を失って大好きなビーン・ブリートにも食欲を感じないことなどを
ユーモアを交えて書いています。2003年のアルバム「Try Livin It」で
人生をテーマにしたHiramが、それを発展させる間もなく逝ってしまっ
たことは、音楽ファンにとって非常に大きな損失です。

●参考:
・Hiram Bullockの公式Webページ:
 http://www.hirambullock.com
・The New York Times掲載の追悼記事(2008年7月31日付):
 http://www.nytimes.com/2008/07/31/arts/music/31bullock.html
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