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 ■「Ten Cents a Dance」のこと  田村洋一

  ずいぶん前のことですが、上野の東京都美術館で「描かれたニューヨ
 ーク」という展覧会がありました(※正確には1981年)。このような特定
 のテーマによる大規模な展覧会はいろいろな発見があって面白いものな
 のに数が少ないのは、作品を借りる相手が多数になり、企画する学芸員
 の作業が大変だからでしょう。

  この展覧会で出会い特に記憶に残ったのが米国の画家Reginald Marsh
 (1898-1954)の「Ten Cents a Dance」(1933)という作品です。当時、私
 はこの画家も作品も知りませんでした。縦90cm×横120cmほど(だいたい
 F50号)のテンペラ画で、美人といってよい引き締まった身体の女たちが
 シンプルなノースリーブの原色のドレスを着て、画面にひしめき合うよ
 うに描かれています。女たちはベランダのような仕切りの向こう側にい
 て、背景は薄暗い室内に溶け込み、正面を向いた左端の女は両手を手す
 りについてこちらに少し身を乗り出して、何か呼びかけているようです。
 その表情の奇妙な明るさが印象的です。題名から職業ダンサーらしいこ
 とと、1曲踊って10セントらしいことはわかります。しかし窓もドアも
 ないので街路に面しているようには見えず、場所がよくわかりません。
 これはニューヨークのどこなのでしょうか?

  早速調べ始めましたが、思った以上に難航しました。Marshの画集も
 資料も見つからないのです。まだWebは使えずGoogleもなく、アメリカ
 文化センターあたりで本気で調べる時間はなく、とうとう断念しました。
 折に触れて気になっていましたが、ようやく最近、良い資料を2点発見
 し入手することができました。1点はMarshの没後30年ほどたった1983年
 にニューヨークのWhitney Museum of American Art (以下、Whitney美
 術館)で開催された回顧展「Reginald Marsh's New York」のカタログで
 す。この展覧会を企画したゲスト・キュレータのMarilyn Cohen (美術
 とポップカルチャの研究者)が執筆した解説は読みやすく説得力のある
 優れた評論です。同氏は2年後に「Reginald Marsh: An Interpretation
 of His Art」と題した学位論文でInstitute of Fine Arts (New York
 Universityの美術史系大学院)からPh.D.を授与されています。この2つ
 の論考は、Marshを含む「14th Street School(14丁目派)」の画家4人を
 採り上げた「The "New Woman" Revised」(Ellen Wiley Todd著、1993)
 のようなジェンダー研究書でも引用されています。Whitney美術館のカ
 タログの出版にはDoverが協力していますが同社の目録には掲載されて
 いません。不思議なことにWhitney美術館の出版目録にも掲載されてい
 ないばかりか、同館のオンライン蔵書目録にも掲載されていないのに、
 Amazon.comにだけ新刊在庫があるのです。もう1点は「The Sketchbooks
 of Reginald Marsh」(Edward Laning著、1973)で、こちらは古書でしか
 入手できません。ここでは内容に詳しく触れる余裕がありませんが、
 Marsh研究には欠くことのできない資料です。

  しかし、米国でもいまだにReginald Marshの全作品集(カタログレゾ
 ネ)は出版されていないうえ、日本の国立美術館(東京国立近代美術館、
 他3館)には版画さえ1点も所蔵されていないのでは、以前に私が文献探
 索に失敗したのも道理です。Marshは決してマイナーな存在ではなく20
 世紀の米国美術を代表する画家の一人なのですから、この扱いは不可解
 です。上述のカタログを読んで少し事情がわかってきました。Marshか
 ら膨大な作品と資料を託された未亡人Felicia Meyer Marsh(画家で1978
 年没)は、できるだけ多くの人にMarshの作品を鑑賞してほしいと考え、
 全米の100カ所を超える美術館や施設に分散して遺贈しました。そのた
 め、Marsh作品の全貌を捉えることは難しくなってしまったのです。そ
 の中で、Marshの生前から関係の深いWhitney美術館が最も多くの絵画作
 品を所蔵することとなり、スケッチや書簡、スクラップブックなどの資
 料の大半は最終的にSmithsonian Archives of American Art (AAA)が受
 け入れてThe Reginald Marsh Papers」として管理し、デジタル化が進
 められています。

  さて、前置きが長くなりましたが「Ten Cents a Dance」のテーマは
「Taxi-Dance Hall」で働く「taxi-dancer」、つまり「踊るホステス」
 です("taxi"は従量制のニュアンス)。この絵を描くためにMarshは
「Cosmo」というダンスホールに何回も通い、スケッチをもとに再構成し
 て作品に仕上げたことが知られています。上述のカタログには
「Venetian Gardens」という名前のダンスホールを紹介した詳細なイラ
 スト(掲載誌:The New Yorker, February 13, 1932)があり、これを見
 ると店内の様子がよくわかります。タッチは違いますが妹尾河童さんの
 緻密なイラストに似た感覚で、派手な看板のある店の入口から細い階段
 を上り、ダンスホールの受付で回数券のようなチケット($1.10)を買い、
 踊ってくれるホステスを選び(というよりは、客待ちのホステスに素早
 く腕をつかまれて)ダンスフロアへ…という流れがわかるように、ポス
 ター風に説明を書き込んで描かれています。名目上は社交ダンス教室
 (Academy)なのですが、営業時間は午後3時から午前3時、看板には「個
 室で個人レッスンも」という文字もあり、かなり怪しい雰囲気です。ダ
 ンスフロアでは用心棒らしい強面のおじさんが目を光らせています。壁
 面にビールやウイスキーではなく大きく「SODA」と書かれているのは禁
 酒法(Dry Law:1920~1933)の影響下にあるからです。Marshの絵の発表
 に先だつ1930年に「Ten Cents a Dance」という歌が大ヒットし、翌年
 には同名の映画も公開されました。Marshの絵も、歌詞や映画も、大恐
 慌直後のニューヨークの風俗を今日に伝えています。

  蛇足ですが、もうひとつ驚きの発見がありました。Reginald Marshの
 誕生日が私と同じだったのです。星座が同じだと共感するところが多い…
 とは信じがたいことですが。

 ●参考:
 ・Smithsonian Archives of American Art (AAA)
  Collections Online:
  http://www.aaa.si.edu/collectionsonline/
 ・The "New Woman" Revised - Painting and Gender Politics on
  Fourteenth Street, Ellen Wiley Todd, University of California
  Press, 1993
  電子版(全文):
  http://content.cdlib.org/ark:/13030/ft9k4009m7/

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作品の分散
未亡人のお気持ちは分かりますが、出来るだけ多くの人に見てもらいたいという気持ちが、少々仇になった・・・。というと言い過ぎでしょうか。
考えさせられてしまいました。
(青) 2007/11/14(Wed)09:28:53 編集
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