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 ■ Be prepared! ― 「翻訳」の未来           田村 洋一

 西暦2009年から2010年の変わり目で、英語の年号の呼び方が「two-
thousand...」から「twenty ...」に変わります。もう耳慣れてはいて
も変則的な呼び方だったので平常に戻るわけです。映画「2001: A Space
Odyssey」が公開された1968年、日本のSFファンの間で「2001」はどう
読むのかという議論があったことを思い出します。西暦2100年は「two-
thousand one-hundred」ではなく「twenty-one hundred」でしょうから、
次にこの呼び方が復活するのは990年ほど先の西暦3000年からの10年間
ということになります。英語が、さらには文明社会が存続しているとい
う保証はありません。時代を遡ると、西暦1000年のブリテン島はノルマ
ン征服以前で、英語はまだ形を成していません。そう考えると、私たち
はかなり珍しい経験をしたことになります。

 もう少し短いタイムスパンで考えてみると、「翻訳」という仕事がい
つまで存続するのか、という切実な問題があります。私は今後10年以内
に月並みな翻訳(英日/日英などの産業翻訳を含む)は機械翻訳だけで十
分になると予想します。これはパソコン翻訳ソフトの延長線上の話では
ありません。圧倒的な処理能力とコーパスを活用できるWebサービスで
実現すると見ています(現在のパソコンは複雑すぎて無駄が多く、遠か
らず廃れていくでしょう)。社会全体として日本語に対する要求水準が
低下していることも機械翻訳にとってはプラスに作用します。この潮流
を加速する立場にいるのがGoogleです。同社は検索ページで翻訳機能を
提供し、2009年秋からパソコン向けに日本語IME(β版)も提供していま
すが、2010年内に製品化する「Chrome OS」でどんな翻訳機能を提供す
るかは注目に値します。

 「Chrome OS」は「OS」とは言うものの、MS WindowsやMac OSのような
スタンドアロンのOSではなく、インターネットと一体化した、シンクラ
イアントの性格が濃いシステムです。ユーザーが使用する専用コンピュ
ータ(むしろ「端末」)は、ディスプレイとキーボードの他は起動と表示
に必要な最小限の機能しか備えず、「雲」の中にあるサーバーに接続し
て初めてコンピュータとして機能します。原則的に、端末側にはソフト
やデータは保存されません。サービスは世界規模なので、Googleが用意
するアプリケーションは初めから多言語対応を想定したものになるはず
です。この形態が成功するとコンピュータ業界(特にパソコンのハード
&ソフト業界)が深刻な影響を受けることは確実です。

 ところで、「人工知能」が停滞(挫折ではない)した先例を挙げて、
「機械翻訳」も実用レベルに達するには時間がかかると高を括るのは誤
りです。コンピュータの処理能力の飛躍的な向上と検索技術の進歩によ
り、原文の文脈を的確に判断して翻訳精度を向上させることが可能にな
っています。エレガントなアルゴリズムだけに頼るよりも「力まかせ」
の戦略の方が実用的という場合があり、コンピュータはそれが得意です。
Google以外で機械翻訳がほぼ全面的に採用されている実例は、Microsoft
のサポートサイトにある知識ベースの日本語版です。実用に供されてい
るにしては問題の多い日本語ですが、進歩は見られます(※参考リンク)。
原文と比較してみると機械翻訳が苦手な部分がわかります。

 蛇足ですが、翻訳原文にミスや曖昧さがあるという例は少なくないの
で、多言語で文書を作成する企業向けに、翻訳しやすい原文の作成を支
援するソフトを開発するのも翻訳精度を上げる有効な方法と思われます。

 今後、翻訳者は厳しい境遇に置かれる可能性があり、単に外国語が得
意というだけでは生き残れません。安易にカタカナ語に逃げてしまう翻
訳者(クライアントにも責任の一端があります)や、推敲する能力がない
のに翻訳ソフトに頼る翻訳者は、自らの墓穴を掘ることになります。そ
れらの翻訳者は、機械翻訳がもう一歩進めば容易に凌駕されてしまうで
しょう。翻訳者は従来にも増して専門分野を確立する必要がありますが、
時間的・能力的に難しいかもしれません。逆に、それぞれの分野の専門
家が翻訳ツールを駆使して高品質の翻訳を行うほうが理に適っています。
ターゲット言語の優れた表現能力を持つレビューアは存在価値が残りま
す。 ただし、翻訳の腕を磨く機会が徐々に減少するため、翻訳者から
レビューアへのキャリアパスが維持できるかどうかは疑問です。

 それでは人間の翻訳者でなければできないことは何でしょうか。新し
い訳語や表現を考案すること、企業の文書全体のカラーや品位を維持す
ること、文章そのものではなく背景にある文化を訳出すること、などが
含まれます。文章表現そのものを味わう文芸作品は機械翻訳には馴染ま
ないと言われます。しかし、それも聖域ではないかもしれません。今日
のようにWebに膨大な情報があふれているとき、ゆっくりと読書する時
間はとりにくいものです。Amazon.comの「Kindle」に代表されるデジタ
ル読書端末が普及すると、それを利用して「日本語で海外のベストセ
ラーを斜め読みできれば便利」と考えるユーザーが増える可能性があり
ます。「読んだふりをしたい」というニーズは結構あり、しかも正式
の日本語訳が出る前に読めるとなれば、機械翻訳でダイジェスト版を作
ることは現実的な課題になります。海外の新聞記事の日本語訳はさらに
需要が多く、機械翻訳にも馴染みやすいものです。

 「翻訳者」は、かつての「プログラマ」(正確にはソフトウェア技術者)
の轍を踏むことになるのでしょうか。30年ほど前のメインフレーム全盛
時代、コンピュータ業界では「プログラマ不足」が叫ばれました。将来、
数十万人が足りなくなるという主張でした。ところがオープン化とパソ
コンへのシフトという状況の変化により、人手不足は現実には起こらず
(ただし、優秀な人材は常に不足)、現在はソフトウェアの自社開発その
ものが減少し、基幹業務でも出来合いのソフトウェア・パッケージを導
入する(必要ならカスタマイズを行う)のが普通になっています。日本の
プログラマは質・量ともにピーク時より低下していると考えてよいでし
ょう。膨大な開発作業をこなしてきた世代は、ほとんどが定年に達して
舞台を降りました。主要なソフトウェア製品は相変わらず外国製(大半
が米国製)で、日本には足腰のしっかりした(ゼロから開発できる能力の
ある)プログラマが育つ素地がほとんどありません。概して、確たる設
計思想もなく、すぐに見つかるバグを見過ごし、動けばよいというレベ
ルで満足しているようにさえ見えます。ソフトウェア開発者の就労時間
は不規則、著作権は尊重されず、職能団体もありません。どこか翻訳者
の状況に似ているのではないでしょうか。

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 ■「Smart Grid」はどこがスマートか           田村 洋一

 日本の技術系サイトでも米国の「Smart Grid」の話題を目にすること
が多くなってきました。複雑で老朽化し運用の柔軟性に欠ける米国の電
力網を、最新のデジタル情報通信技術で刷新するという構想です。これ
を支える技術として「Smart Meter」もあります。「smart」は「かしこ
い」と訳せるでしょう。「かしこい電力網」に「かしこい電力計」です
(注:ガスや水道の「Smart Meter」もあります)。これが具体的にどう
いうことなのかを簡単に紹介しましょう。なお、欧州では「SmartGrids」
(区切りのスペースなし)という同様の構想があり、こちらは米国に先行
して2005年にスタートしました。

 「Smart Grid」構想は米Obama政権の景気刺激策の一環として44億ド
ルの予算措置が講じられてから、急に国家目標として現実味を帯びてき
ましたが、正式に登場したのはG.W.Bush政権下の2007年12月19日に成立
した米連邦法「Energy Independence and Security Act of 2007」(EISA)
でのことです。この法律は米国のエネルギー政策全般にわたる長大なも
のですが、その第13章にあたる「Title XIII - Smart Grid」(略称:EISA
13)で「Smart Grid」とは何か、どう取り組むかが示されました。なお、
「Energy Independence」とはエネルギー源を輸入に依存しないこと、つ
まり石油依存体質からの脱却を意味します。EISAは温暖化抑止を前面に
押し出したものではありませんが、米国の環境政策の転換点の一つであ
ったことは確かです。

 「Smart Grid」の「smart」にはリアルタイム、自動化、双方向、障
害の自動修復、優れたセキュリティなどの意味があります。電力網は発
電所から変電所までの「送電」(transmission)と、変電所から需要家(家
庭や事業所)までの「配電」(distribution)に分けられます(合わせて
「T&D」と呼ぶ)。送電の最大の問題は送電線のトラブルによる停電事故
です。米国全土の年間停電時間は平均220分にもなり(日本は6分)、連鎖
反応で大規模停電になることも珍しくありません。「Smart Grid」では
瞬時の切り替えで停電を局所化して他の地域への波及を抑え、障害発生
地点の割り出しを容易にして復旧までの時間を短縮します。大規模停電
のたびに起こる「サイバー攻撃では?」という不安を払拭するため、電
力会社の制御システム(SCADAなど)のセキュリティを高めます。

 配電では、需要家側に設置される「Smart Meter」で電力消費量をリ
アルタイムに計測し、通信回線で電力会社に送ります。電力会社は検針
の人件費を節約できるだけでなく、きめ細かく配電を調整して運用効率
を上げることができます。この通信機能は双方向で、電力会社から
「Smart Meter」に制御信号を送って何らかの動作をさせることもできま
す。例えば、猛暑で消費電力が警戒水準を越えた場合、電力会社からの
遠隔操作で各家庭のエアコンの設定温度を一斉に高くして消費電力を下
げることも技術的には可能になります(ただし、エアコン機器の対応と
事前の取り決めが必要)。「双方向」は通信に限りません。需要家側に
太陽光発電や燃料電池などの分散型電源(distributed generation)を配
置して、そこから電力網に電気を送り込むことも容易になります。さら
に、大容量の蓄電装置(electric storage)を開発して、変動の大きな風
力発電を使いやすくしたり、電力の品質維持を図ります。

 しかし、問題点もあります。まず、「Smart Meter」によるプライバ
シー侵害の懸念で、これは実際に欧州で反対運動が起きています。
「Smart Meter」を使用すれば各戸の電気の使用状況を時々刻々計測し、
その利用パターン(需要曲線)を把握することは技術的に可能です。その
結果、例えば、その家が留守になる時間帯が第三者に把握できることに
なり、犯罪者に悪用されれば非常に危険です。従来の積算電力計のよう
に1カ月の電力使用量の合計だけを読み取るメーターでは起こらなかっ
た問題です。よく宣伝されている「Smart Meterで需要家の省エネ意識
を高められる」という主張にも疑問があります。また、リアルタイムに
データを収集して送信するとなると、各戸のデータは微量でも、まとま
れば相当のデータ量になります。「Smart Grid」の情報処理システムが
大規模になり電力消費が増えてしまえば本末転倒です。電力会社の配電
調整や需給予測に役立てるために、需要家ごとのデータが必要なのか、
あるいはどの程度のサンプリング間隔が適当なのかは検討の余地があり
ます。

 もっと大きな課題は電気自動車です。「Smart Grid」は電気自動車
(プラグイン・ハイブリッド車=PHEV)を接続するインフラとして構想さ
れています。夜間電力を利用して電力網からPHEVに充電するだけでなく、
逆にPHEVから電力網へ電力を送る分散型電源としての活用も想定されて
います。PHEVはガソリンエンジン併用なので完全に石油が電気に置き換
わるわけではありませんが、それでも石油のエネルギー密度が非常に高
いことを考慮すると、実際の運用環境で今後どの程度の電力が必要にな
るのか、新しい発電所がいくつ必要になるのかは不透明です(これは日
本でも同様)。「Smart Grid」への移行期間は、不安定要素の増大や需
要予測の誤差により、一時的に電力網が不安定になることも考えておく
べきでしょう。

 米エネルギー省(DOE)は、連邦政府の交付金(1件につき最大2億ドル)
を受けて「Smart Grid」構築に参加したい企業からの事業計画書を募集
しました。上からの事業の割り振りではなく、産業界に自主性を持たせ
た推進方法です。電力会社や電子機器メーカーなどから約400件の申請
があり、10月末に100件の交付先が決定されました。ここで注目すべき
は交付金が「マッチングファンド」(matching fund)であることです。
つまり、連邦政府は「必要な資金の半分はこちらで負担しましょう。残
りの半分はあなたが資金調達してください」というスタンスです。申請
者は資金の裏付けがあり、その回収が可能な、現実的な計画の作成を求
められます。連邦政府の資金の2倍の規模の経済効果が期待される巧妙
なやりかたで、これこそ「スマート!」。

●参考リンク:
・GridWise Alliance (Smart Grid推進団体;事実上のポータル):
  http://www.gridwise.org/
・米標準技術研究所(NIST)の「Smart Grid」サイト:
  http://www.nist.gov/smartgrid/
・European SmartGrids Technology Platform
 (EUの報告書;EUR 22040, 2006/03/24):
  http://ec.europa.eu/research/energy/pdf/smartgrids_en.pdf
・東京電力「大学生のためのインターネット電力講座」:
  http://www.tepco.co.jp/kouza/menu-j.html

 ■ 仕切り直しのGoogle狂騒曲              田村 洋一

 世界が注目したGoogleブック検索をめぐる米国での訴訟で、「和解案」
 が再三の日程繰り延べの末に、裁判所の裁定を待たずに当事者が取り下
 げるという結果になりました。これには米司法省が陳述書で述べた鋭い
 反対意見が強く作用しました。日本の出版関係者もホッとひと息という
 ところでしょう。ただし、訴訟が終わったわけではなく、「和解案」は
 修正されて再度提出されることになります。問題の「和解案」は323ペ
 ージもあり(そのうち19ページが用語定義)、内容は法律家の作文で解読
 が大変ですが、ひと通り目を通してみました。この「和解案」には1冊
 の本がかけるほどの問題点があるので、そのごく一部を紹介します。

 その前に、誰が、何を求めて起こした訴訟なのかを確認しておきまし
 ょう。被告はもちろんGoogleです。当初の原告は米国最大の著述家団体
 「Arthors Guild」(以下、AG)と3人の著述家ですが、この3人はAG会員
 で、集団訴訟(Class Action)の体裁を整えるために加えられたと解釈す
 べきでしょう(その後5人に増加)。この「AG v. Google」訴訟で原告は
 次のように主張しました。「GoogleはGoogle Library事業においてスタ
 ンフォード大学など4つの大学図書館およびニューヨーク公立図書館と
 契約し、その蔵書の多くをデジタル化しつつある。対象となっている書
 籍はパブリックドメインに属すものだけでなく、まだ著作権保護されて
 いるものも含まれる。後者についてGoogleは著作権者の了解を得ていな
 いので著作権侵害に当たる」。そして、原告はGoogleに対して損害賠償
 を求めると同時に、裁判所がGoogleの著作権侵害行為を差し止めること
 を求めたのです。2005年9月20日のことでした。常識的に考えれば、こ
 の集団訴訟の原告団はAGの公称8500人の会員です。

 少し遅れて2005年10月20日、米国の主要出版社が加盟する「AAP」(米
 国出版社協会)もGoogleを提訴。こちらも原告側はAAPに大手出版5社を
 加えた集団訴訟で、Googleが権利者(著作権と出版権)の了承なしに著作
 物をデジタル化して配布しようとしていることに異議を唱えています。
 常識的には原告団に含まれるのはAAP会員の300社超の出版社です。「AG
  v. Google」訴訟と「AAP v. Google」訴訟は(表面上は)別々に進めら
 れましたが、2008年10月28日に合同で「和解案」を提出し、裁判所の許
 可を求めました。このとき、米国内で書籍を出版している世界中の出版
 関係者が自動的に「原告団」に含まれることが初めて明らかになり、パ
 ニックが起こりました。2つの集団訴訟は一つにまとめられた形になり、
 原告団はAG側の「Author Sub-Class」とAAP側の「Publisher Sub-Class」
 で構成されるという複雑な訴訟になっています。

 さて「和解案」ですが、極言すれば「儲かりまっせ!」ということで
 す。損害賠償は二の次で(1冊60ドルの一時金)、Googleは「違法行為は
 行っていない」という主張を黙認され、いままで通りデジタル化を進め
 ることができます。「和解案」の主眼は新しいビジネスモデルの構築で、
 ほとんど事業の「実施計画書」という印象です。著作権法はもちろん、
 将来にわたって取引条件を拘束する内容が含まれるなど、反トラスト法
 (Sherman Act)にも抵触する可能性が大きいことが米司法省に指摘され
 ました。訴訟当事者は、米国外の多数の出版関係者を集団訴訟の原告団
 の立場に巻き込んでおきながら、事前に必要な説明も連絡もせず(これ
 は集団訴訟の「Class Representative」としての義務の不履行)、離脱
 (Opt-out)の意思表示をしなければ「原告団」の一員として「和解案」
 を許諾したことになるというシナリオを書きました。この「和解案」に
 裁判所のお墨付きを求めたわけです。言語道断というべきでしょう。こ
 の訴訟では被告側のGoogleだけが非難されがちですが、暴走の責任は原
 告側のAGとAAPも同等です。

 Googleに協力して、著作権保護が有効な書籍のデジタル化を認めた米
 国の図書館にも責任の一端があります。そもそも書籍は「媒体」と「情
 報」とが一体化されたものとして価格設定された著作物であり、図書館
 もそれを承知で購入しています。その図書館が、書籍の「情報」だけを
 大量に分離して、事実上、用途の制限なしに第三者に提供(あるいは販
 売)することが書籍購入者の権利に含まれるのかどうか、必ずしも自明
 ではありません。本来、大学図書館に許される蔵書のデジタル化は、学
 内の学生や教職員に全文検索サービスを提供する範囲までに限られるべ
 きでしょう。それを越える場合は不正コピーになり、全く新しいデジタ
 ル著作権の枠組みで対処する必要があります。図書館が「デジタル海賊
 版」の出版に加担することは避けるべきです(特に「Orphan Works」の
 扱い)。

 先に「儲かる」と書きましたが、それは(Googleから3000万ドルの訴訟
 費用を受け取るAG側弁護士を別にして)Googleと、運営の中核になる
「Registry」を手中にするグループだけになる可能性が高いと思われま
 す。「Registry」は非営利法人として設立されることになっていますが、
 その権限は大きく、金銭面の透明性が十分に確保されているようには見
 えません。Googleが「Registry」の立ち上げ費用として支払う3450万ド
 ルの根拠も説明されていません。

 一方、「和解案」で当初想定される主な売上は、Google検索における
 デジタル書籍の検索連動広告から得られるもので、出版社などの権利者
 には売上の63%が支払われ、残りの37%がGoogleの取り分です。出版社
 がその検索ページのヒット数を上げるように仕向けることはかなり困難
 です。将来、著作権保護されたデジタル書籍がダウンロード販売された
 り、オンデマンド出版されることになった場合でも、購入される書籍は
 ロングテールの傾向を示すことが予想され、出版社1社あたりの売上に
 大きく寄与することは考えにくいでしょう。しかし、それらは全て
「Registry」で管理され、Googleから販売されることになります。この
 仕組みはApple iTunes Storeに似ていますが、音楽・映画業界のライセ
 ンス料が高額であることを考えれば、Googleの利益率ははるかに大きく
 なると思われます。
 Googleは儲かるようにできているのです。

 和解案には全てに共通する「Opt-out」ベースの仕組みや「絶版」の判
 断など多くの問題がありますが、最後にもう1点。前述のように、2つの
 集団訴訟が1つにまとめられて「和解案」が作成されました。ところが、
 ほとんどメディアでは言及されていませんが、この「和解案」には添付
 資料の形で、もう一つの和解文書が含まれています。それはAAPが単独
 でGoogleと交わした和解文書です(p.317)。集団訴訟の和解の形態とし
 ては変則的で、内容にも疑問があります。まず、GoogleはAAP側に1550
 万ドルを支払うことになっています。これは「AAP Payment」と呼ばれ、
 「和解案」本体に記載されたGoogleが支払う金額(総額1億2500万ドルと
 される)とは別口です。「AAP側の弁護士費用、および出版社と著述家の
 利益を図る基金を設立するためのもの」と書かれていますが、賠償金の
 一部に充当されるとは書かれていません。さらに、訴訟で双方が知ると
 ころとなった事項について、「和解案」本体に記載された事項以外は第
 三者には開示しないという守秘義務を課しています。企業秘密があると
 しても、不透明な和解という印象を免れません。どんな交渉をしたので
 しょうか?

 (注)この記事は筆者個人の見解を表明したものであり、日外アソシエー
 ツの見解とは必ずしも一致しません。

 ●参考リンク:
 ・和解案「Settlement Agreement」(2008年10月29日付):
 http://www.authorsguild.org/advocacy/articles
 /settlement-resources.html
 ・Authors Guild:
 http://www.authorsguild.org/
 ・AAP (Association of American Publishers):
 http://www.publishers.org/
 ・Open Book Alliance ※「和解案」反対派:
 http://www.openbookalliance.org/
 ・U.S. Department of Justiceの陳述書(2009年9月19日付):
 http://thepublicindex.org/docs/letters/usa.pdf
 ・U.S. Copyright Officeの米下院での陳述書(2008年3月13日付):
 The "Orphan Works" Problem and Proposed Legislation
 http://www.copyright.gov/docs/regstat031308.html
 ・(社)著作権情報センター:
 http://www.cric.or.jp/
 

 ■ 写真文化の「終わりの始まり」            田村 洋一

 米 Eastman Kodak は2009年6月22日付プレスリリースで、同社の看板
商品ともいえるカラー・リバーサルフィルム「Kodachrome」の終息
("retire"と表現)を宣言しました。販売は在庫限りで、その時期は北米
では今秋早々になるとの見通しも付記しています(日本では2007年に販
売終了)。Kodachrome は1935年に商品化され、少しずつ改良を加えられ
て、実に74年間もブランドを維持してきました。1973年にはポール・サ
イモンが「Mama, don't take my Kodachrome away!」と歌った
「Kodachrome (ぼくのコダクローム)」が米国で大ヒット。商品名がその
ままタイトルになっているのに CM ソングではないという珍しい曲で、
日本でも知っている人は多いと思います。

 Kodachrome が欧米でロングセラーになった背景には、家庭でスライ
ドショーを楽しむ習慣がありました。日本では自宅にスライドプロジェ
クターがある人は写真好きの中でも少数派で、大半はサービス判程度の
プリントで満足していました。しかし、これではフィルムの性能が全く
活かされません。優秀なプロジェクターなら一辺が2mを超える大画面を
均一の明るさで投影することができ、等身大の人物や、プリントでは見
えないディテールが再現され、素晴らしい迫力を楽しめます。この画質
をよく知っている私には、現在の液晶プロジェクターやハイビジョンは
もの足りません。

 優れた粒状性と独特の深い色合いが支持されてきた Kodachrome です
が、同じ Kodak の後発製品で高感度で融通のきく Ektachrome シリー
ズや、富士フイルムやコニカなどのリバーサルフィルムの性能向上に押
されて、次第にシェアを落とすことになります。「外式」と呼ばれる
Kodachrome 独自の現像方式には、現像後のスライドが数十年以上の長
期保存に耐えるという大きな長所がある反面、処理できる現像所(ラボ)
が限られるという短所があり、利用者が減るにつれてラボのネットワー
クを維持することが困難になりました。最終的に残った指定ラボは世界
中でたった1カ所、カンザス州の Dwayne's Photo のみとは驚きです。

 写真が仕事の一部である私にとって、Kodachrome の消滅は寂しいニ
ュースという以上に、銀塩写真の技術で支えられてきた160年に及ぶ写
真文化が終焉に向かう第一歩のように思われます。確かに Kodachrome
がなくては写真が撮れないということはなく、いまのところ Kodak、富
士フイルム、ドイツの AgfaPhoto、英国の ILFORD PHOTO、中国の Lucky
Film などから多様なフィルムが提供されています。しかし、この状況
が変化するのもそう遠くないことでしょう。カメラ用の写真フィルムだ
けでなく銀塩フィルム全般の需要が減少しているのです。商業印刷や新
聞印刷のダイレクト製版化で製版用フィルムが減少、医用X線フィルム
は X線IP(imaging plate)に移行、映画のデジタル化でフィルムを使用
しない撮影が一般化、等々。優れたフィルムを提供していたコニカが感
材事業からの撤退を余儀なくされたのは記憶に新しいところです。

 JCFA(日本カラーラボ協会)の資料によれば、銀塩フィルム用カメラの
国内出荷台数は過去4年間にわたり前年比50%前後も減り続け、2008年
度には事実上ゼロとなりました(デジタルカメラは約1111万台)。つまり、
出荷ベースではデジタルカメラへの世代交代が完了したと言えます。現
在使われている銀塩カメラは急速に「クラシックカメラ」と化すことに
なり、フィルムの消費量は確実に減っていきます。カメラの統計に含ま
れないレンズ付きフィルムの国内出荷量は、約5800万本(2004)から約16
00万本(2008)に減少しました。そのうち相当部分がカメラ付きケータイ
に移行したと推測されます。撮影用フィルムの需要が一定水準を下回れ
ば、大幅な値上げか製造打ち切りが待っています。

 カメラのデジタル化は「写真」そのものを変質させます。あるコンパ
クトカメラは、撮影した画像データの人物の顔だけを小さく加工してモ
デル風の「小顔」にできる機能を備えています。これは遠近感の強調の
ような技法とは全く異なり、「真を写す」という写真の原則への挑戦で
す。別の一眼レフは写真(静止画)とビデオ(動画)の両用機です。アンリ・
カルティエ=ブレッソンの歴史的写真集「決定的瞬間」(1952)が語るよ
うに写真が切り取るのは「瞬間」であり、一方、ビデオが捉えるのは
「時間」です。この2つは全く異なるアプローチです。「両方を1台で兼
用できれば便利」と専門メーカーが考えるところに危うさを感じます。
さらに、8月に海上保安庁が導入した証拠写真撮影用のデジタルカメラ
には、画像データの改竄防止機能が組み込まれています。警察庁も年内
に同様のカメラを導入する予定です。これを裏返せば、一般のデジタル
カメラで撮影した「写真」は事実の記録であっても証拠能力がないこと
になります。司法機関が撮影した写真しか信じられない世の中は不幸で
す。

 作家、吉行淳之介さんに「暗室」(1970)という作品があります。銀塩
写真の終焉と共に、この題名の微妙なニュアンスが感じられなくなるの
も、時間の問題なのでしょうか。
■ ロシュフォール vs. シェルブール          田村 洋一

 フランスのヌーベルバーグの映画監督ジャック・ドミ(1931-1990)が
監督・脚本・作詞、ミシェル・ルグランが作曲・指揮を担当し、二人三
脚で作り上げたミュージカル映画「シェルブールの雨傘」(1964)といえ
ば、誰でも名前ぐらいは知っていますが、同じコンビによる全く異質の
作品が「ロシュフォールの恋人たち」(1967)です。原題「Les Demoiselles
de Rochefort」の「demoiselles」には「(young) girls」のほかに
「single women」の意味があります。この2作品を比較すると日本でも、
米国でも、英国でも、圧倒的に人気と知名度があるのは「シェルブール…」
です。

 「ロシュフォール…」については、「ほとんどストーリー性がない。
現実離れしている。甘ったるい歌と踊りだけ。往年のハリウッド映画を
真似た時代錯誤の作品」という批判があります。もちろん好みはありま
すが、それを差し引いても「ロシュフォール…」の真価が十分に理解さ
れていない気がします。少し長くなりますが、さわりだけ少々…。

 フランス中西部、海沿いのロシュフォールの町を二分してシャラント
(Charente)川がゆったりと流れる。ある金曜日の朝、「Fete de la mer」
(海まつり)の呼び物、日曜日に開催されるイベントに出演する巡回ショ
ーの一団が、この川にかかる不思議な形の可動橋(Le pont transbordeur)
を渡るところからドラマが始まる。先導するのはオートバイに乗った男
たちと、ウェスタン風に白馬にまたがりギターを背負った男が2人。青
いトラックの荷台にはなぜかモーターボート。そして、滑るように川面
を移動する橋のゴンドラ上で、トラックから降りた男女がゆっくりと踊
りだす。シュールな映像と静かで緊張感のあるジャズ…このタイトルバ
ックを見るだけで何かが起こりそうな予感。一行は海軍の兵営を過ぎ、
町の中心部にあるコルベール広場(Place Colbert)を目指す。広場の一
隅にあるサンルームのようなガラス張りの明るいカフェはイヴォンヌの
店。30代半ばの彼女には、よく妹と間違えられる20歳前後の双子の娘
(デルフィーヌとソランジュ)と、まだ小学生の男の子(ブーブー)がいる。
そして、月曜日までの4日間に彼女たちに何が起こるのか…。

 この作品は、言葉(歌詞と台詞)、音楽(ジャズとシャンソン)、ダンス
(モダンとバレエ)、映像美が奇跡的に融合した2時間の大作です。素晴
らしいカメラワーク、快晴の日差しの下で踊る豊かな色彩、雨など一滴
も降らず、夜の場面は1シーンだけ。見た目はほとんど「シェルブール…」
の裏返しで陽気そのもの。男女の出会い、別れ、再会、決定的な清算…
をカリカチュアした、洒落たラブ・コメディです。血なまぐさい暴力も
露骨なセックスも登場しませんが、暗い戦争の記憶を引きずる人がさり
げなく描かれます。ほとんどハッピーエンドに見えますが、すべては
「海まつり」の高揚のなかで起こったこと。恋とはハプニングから始ま
り突然終わるもの…という教訓は、この映画全体が語っています。

 この映画の本当の主役は双子を演じたドヌーヴでも、実姉のフランソ
ワーズ・ドルレアック(作品公開の3カ月後に惜しくも自動車事故死)で
もなく、イヴォンヌ役のダニエル・ダリューです。実年齢(49)よりだい
ぶ若い役ですが、彼女の演技は素晴らしく、細かいところまで神経が行
き届いています。出演者の中でただ1人、歌も吹き替えなしで本人が歌
い、猟奇殺人事件を伝える新聞記事を歌ってみせる面白い場面もありま
す。ダリューなしではこの作品は成り立たないでしょう。戦前から活躍
してきた大女優で歌手でもあり、92歳の今も現役です。

 「ロシュフォール…」は台詞による会話劇と、歌やダンスが交互に展
開する構成ですが、登場人物の境遇などのストーリー展開の鍵はすべて
歌詞で歌われます。しかも、ドミは台詞や歌詞に(さらに映像にも)たく
さんの「遊び」を仕掛けています。歌詞を理解してはじめてストーリー
と面白さがわかる映画です。この作品はフランス語版と英語版が同時制
作されました。つまり、英語の字幕は作品の一部といえる完成度の高い
もので、フランス語が分からなくても理解に役立ちます。しかし、その
英語版でも苦心の跡は見られ、日本語の字幕作成ではそれ以上に大幅に
妥協せざるを得ないでしょう。

●参考リンク
・BFI (British Film Institute):
 http://www.bfi.org.uk/
・フランス映画のデータベース:
 http://filmsdefrance.com/

 ■ G20ロンドン・サミットへの期待           田村 洋一

  ほとんど経済恐慌と言ってもよいくらいの世界規模の景気後退の中で、
 翻訳業界にも影響が出始めています。クライアント企業は徹底的なコス
 ト削減を迫られ、新規発注を手控えたり、発注先を減らしたりしている
 ようです。海外企業が日本市場から撤退したり、日本企業が海外市場か
 ら撤退したりするケースもあり、これらもマイナス要因です。さらに印
 刷メディア全般の長期低落傾向と、それに代わるネット系メディア/コ
 ンテンツの今後の伸びが翻訳業界に与える影響も、見通しはまだ不透明
 です。なにぶん欧米の大手金融機関が事実上国営化され、自動車の「ビ
 ッグ3」という表現が死語になるかもしれないという状況ですから、私
 たちもしばらくは我慢を強いられることになるでしょう。

  破綻した世界経済を再び軌道に乗せるために何をなすべきかが「G20
 ロンドン・サミット」の大きなテーマです。実質的な会期は4月2日の1
 日だけで、討議するというよりは世界のリーダーが一堂に会して決意表
 明をするところに意味があります。会合に向けての根回しは周到で、例
 えば日本では2月に「日英21世紀委員会・第25回会議」が開かれたこと
 や、2月13日に公表された日本のIMF(国際通貨基金)に対する1000億ドル
 もの巨額融資も、その一環と考えられます。既に3月29日付で今回のG20
 サミットのコミュニケ草稿が公開されており、この私の小文が公開され
 るころには決定版が発表されていることでしょう。

  このG20サミットを主催する英国首相Gordon Brown氏は自他ともに認
 める経済通ですから他国からの期待も大きく、腹心の蔵相Alistair
 Darling氏ともども、具体的な成果を目指して大変な力の入れようです。
 米国のBarack Obama大統領にとっても初の国際的な大舞台で、その発言
 が注目されます(例のスピーチライターは経済問題にも明るいのでしょ
 うか?)。今回、IMFや世界銀行が誕生するきっかけとなった1944年のブ
 レトンウッズ(Bretton Woods)会議の再来を望む声が多い反面、多くを
 期待しすぎてはいけないという声もあります。しかし、著名な投資家
 George Soros氏が言うように、このG20サミットは「a make or break
 event」であり、失敗すればさらに深刻な事態を招くことは明らかです。

  このような大きなイベントは、経済問題について考えてみる良い機会
 になるのではないでしょうか。例えば、「tax havens」の実態は?
「fiscal stimulus package」と「財政出動」は同じニュアンスなのか?
 各国政府は数千億ドルもの景気対策資金をどこから調達するのか?
 …等々。少し調べてみると日銀の「銀行券ルールと長期国債の買い入れ
 限度」などという問題が出てきて、金融政策の難しさと奥深さを実感し
 ます。白川日銀総裁が自ら「中央銀行として異例の対応」をしていると
 述べているように、現状はいわば手探りに近い状況のようです。

 ●G20ロンドン・サミットについて:

  日本政府の表記は「第2回金融・世界経済に関する首脳会合」で、
 2008年11月に米国ワシントンD.C.で開催された第1回首脳会合の続編と
 いう意味。G20サミットに先立ち、ロンドンでG20財務相・中央銀行総裁
 会合が開催され、3月14日にコミュニケが発表されている。

  G20は「Group of Twenty」の略称で、正式には「G-20」と書く。条約
 などで規定された会議ではないという意味で「an informal forum」と
 称する。通常のG20会合のメンバーは、G7(カナダ、仏、独、伊、日、英、
 米)、G7以外の主要12カ国(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、
 中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビ
 ア、南アフリカ、トルコ)、およびEU(欧州連合)議長国(現在はチェコ)
 の財務相と中央銀行総裁。さらに、ECB(欧州中央銀行)総裁、IMF専務理
 事、IMFC(国際通貨金融委員会)座長、世界銀行総裁、IMFと世界銀行の
 合同開発委員会(Development Committee)座長が出席する。

  今回のロンドン会合では、上記20カ国(EUを含む)のリーダー、国連事
 務総長、ASEAN議長国タイとNEPAD議長国エチオピアの代表、EC(欧州委
 員会)委員長も参加することから「サミット」と呼ばれることになった。
 英紙The Guardianによれば、参加国全体で世界のGDPの90%、貿易高の
 80%、人口の64%を占める。

 ●参考リンク
 ・G20公式サイト:
  http://www.g20.org/
 ・英国政府のロンドン・サミット公式サイト:
  http://www.londonsummit.gov.uk/en/
 ・IMF - A Guide To Committees, Groups, And Clubs:
  http://www.imf.org/external/np/exr/facts/groups.htm
  ※先進国主体のG5、G7、G8、G10、G20、G22、G30、G33と、これらと
   は異なるG15、G24、G77などの説明。
 

 ■「Netbook」を辞書専用PCとして使う
                                                       田村洋一

  前回はパソコン(以下、PC)からアクセスできる新しいタイプの電子辞
 書(辞書専用電子機器)を紹介しました。利用価値は高いものの、「英辞
 郎」のような自主制作の辞書、自作を含む専門分野の用語集、英語-他
 言語/他言語間の辞書(タイ語、ラテン語、カタラン語、等々)、詳細な
 地図などを必要とする専門家にはまだもの足りません。電子辞書コンテ
 ンツはバックアップできないので、故障や紛失のリスクが大きいことも
 気になります。そこで、自分のメインPCに必要なCD-ROM/DVD版の辞書類
 をインストールするわけですが、オールインワンには問題もあります。
 デスクトップPCに匹敵する高性能ノートPCはどこにでも持ち運べますが、
 結構かさばるだけでなく消費電力が大きく、外出先での紛失・盗難によ
 りクライアントの情報が危険にさらされる危険があります。一方、私の
 ようなデスクトップPC利用者が、自分のオフィス以外で仕事をするとき
 でも自分の辞書類だけは持ち歩きたい、ついでにメモ程度のテキスト作
 成や原稿のチェックも…と考えるのは自然です。ミニノートPC(通称:
 Netbook)を辞書専用PC+αとして使えば実用性がありそうです。今回は、
 このNetbookを使用し、必要に応じてデスクトップPCからもアクセスで
 きる構成を考えてみましょう。

  その前にNetbookの意味を確認しておきます。NetbookはOLPCプロジェ
 クトの「$100パソコン」に刺激された台湾のASUSTeKが2007年に「Eee
 PC」として初めて製品化し、2008年には不況下でも大ヒット、いまでは
 10社以上が販売する1つの製品ジャンルとなった低価格、小型、低消費
 電力の携帯型PCです。厳密な定義はありませんが、超低消費電力のプロ
 セッサ(主流はIntel Atomプロセッサ)を搭載し、メモリーは最大1GB、
 内蔵ディスクは低消費電力のSSD(solid state drive)か2.5"HDD、ノー
 トPCよりも小さな画面(10.2"以下)、というような機器構成の制約(PC業
 界の紳士協定に近い)があります。これに関連して日本のPCメーカーや
 一部のメディアから「NetbookはWebアクセスとEメール程度にしか使え
 ない」という宣伝がまことしやかに流されました。しかし、そんなこと
 はありません。NetbookはWindows XP HomeやLinuxが動く普通のPC(PC/AT
 互換機)です。ただし、簡素な機器構成のため、既存のノートPCにあり
 がちな「あれも、これも」という欲張った使い方には不向きで、割り切
 った使い方をするのがコツです。その一つが「辞書専用PC」というわけ
 です。なお、Linux対応の辞書類が少ないため、ここではWindows XP Home
 搭載機の使用を前提とします。

  以下は辞書専用PCの機器構成の一例です。いかにもNetbookらしい
 ASUSTeKの製品を選びました。3万円台の「Eee PC 701SD-X」でも機能的
 には大差ありません。NetbookではOSがディスクの約3~4GBを占有しま
 す。この製品ではCドライブはOS専用と考えるべきです。

 1)ハードウェア(ASUTeK Eee PC 901-X):
  ・プロセッサ=Intel Atom N270(1.6GHz)
  ・メモリー=1GB(※2GBに交換可能)
  ・ディスプレイ=8.9"ワイド(1024×600画素)
  ・内蔵ディスク=SSD(Cドライブ=4GB/Dドライブ=8GB)
   ※DドライブのSSDを32GBモジュール(Buffalo製)に交換
  ・LAN=100BASE-TX、IEEE 802.11b/g/n
 2)ソフトウェア:
  ・OS=Microsoft Windows XP Home SP3(※標準)
  ・追加ソフト=Venus7.0 Personal Edition
   ※リモートコントロール用シェアウェア(\1000程度)
  ・必要な辞書類(辞書ブラウザと辞書データ)
  ・好みのWebブラウザとメールクライアント(※必要な場合のみ)
  ・必要最小限のアプリケーション
   ※OpenOffice.org、テキストエディタ、等

  Netbookに自分が必要とする辞書類(辞書ブラウザと辞書データ)をイ
 ンストールする方法は一般のPCと同じです。ここで2つのポイントに留
 意する必要があります。第1に、ディスク容量の制約です。辞書をイン
 ストールする場合、リムーバブルディスク(SDカードやUCBメモリー)で
 は不都合を生じる場合があり、内蔵ディスクにインストールすることに
 なりますが、上記の標準構成ではSSD(Dドライブ)の容量が不足するおそ
 れがあるため、オプションでSSDを32GB(または64GB)に交換します。辞
 書専用PCとするNetbookにハードディスク(HDD)ではなくSSDが適してい
 る理由については注記を参照してください。第2に、辞書ブラウザ(ビュ
 ーア)をなるべく統一することです。これはディスク容量と実行時のメ
 モリーの節約になります。

  辞書類をインストールしたNetbookをメインPCと2台並べて使うだけで
 は生産性のメリットはありません。前回の電子辞書のように、オンライ
 ンでメインPCからNetbookにアクセスできれば作業能率は向上します。
 そのために必要なのはリモートコントロール用ソフトウェアです。2台
 のPCの接続は電子辞書の例のようなUSB接続ではなく有線/無線LAN経由
 になります。

  Microsoft Windowsでは標準で2種類のリモートコントロール機能が提
 供されています。1つは「Windows Remote Desktop Connection」で、
 Windows NT以来のThin-client(シンクライアント)運用向けのWindows
 Terminal Serviceの仕組みをデスクトップPCで利用できるようにしたも
 のです。「クライアントPC」から「ホストPC」にアクセスして、ホスト
 PCを自由に操作できるのでここでも使えそうですが、ホストPCはWindows
 XP ProfessionalまたはWindows Vista Business以上でなければならず、
 Netbook(Windows XP Home)はホストPCにはなりません。もう1つの機能
 は「Windows Remote Assistance」です。本来は「Expert」(上級者)と
 呼ばれるシステム管理者やヘルプデスク担当者が「Novice」(依頼者)と
 呼ばれるエンドユーザを支援するための機能で、メインPCからサブPC
 (ここではNetbook)をリモートコントロールできます。しかし、インタ
 ーネット経由や大規模な社内LAN/WANでの利用を前提としているため接
 続の設定や操作が面倒で、辞書専用PCにアクセスする目的には煩雑すぎ
 ます。

  私が調査した限りで今回の目的にぴったりなソフトは「Venus7.0
 Personal Edition」というシェアウェアです。簡単な操作でLAN上のメ
 インPCから辞書専用PCを操作できるだけでなく、双方向でクリップボー
 ドを共有してテキストなどのコピー&ペーストができ、ファイルの複写
 も可能です。なお、企業環境で使用する場合はセキュリティ要件を満た
 せるかどうか事前にチェックする必要があります。

 実際にどの程度使えるものか、試してみてください。

 ●注1:辞書専用PCにSSDが適する理由:
 SSD (solid state drive)は、USBメモリーなどと同様の半導体フラッ
 シュメモリー素子を使用してハードディスク(HDD)の機能を代替する記
 憶装置です。
 2.5"HDDの数分の1という低消費電力(一例では、動作時150mW/アイドル
 時60mW)、 優れた機械的強度、HDDより優れた高速読み出し性能という
 長所がある一方、 フラッシュメモリー素子の宿命である「書き替え可
 能回数」の制約という短所があります。SSDのメモリー素子は数十万回
 ~100万回の書き替えで劣化し、回復不能のエラーが発生します。特に
 問題になるのはOSの作業領域です。つまり「寿命がある」ということで、
 一般的な使用状況では数年といわれています(エラーが発生したセクタ
 ーをScanDiskで切り替えればSSDの使用は続けられますが、データは破
 損します)。SSDの寿命を伸ばすにはNetbookを酷使しないことです。メ
 モリーを使い切るほどのアプリケーションを同時に実行したり、データ
 量の多いWebページに頻繁にアクセスすることは勧められません。その
 点、辞書専用PCとして使う場合は処理能力に余裕があり、データは読み
 出し主体で書き替えが少ないのでSSDの寿命をあまり気にする必要がな
 く、高速性も活かせます。
 
 ●注2:辞書のライセンスの問題:
  一般に、辞書などをサーバーにインストールして複数のユーザーが共
 有使用する場合は特別のネットワーク・ライセンスが必要です。しかし、
 ここで考えているのは1人のユーザーが同時に2台のPCを利用する場合で、
 2台のPCの一方が制御を奪われた状態では2人が同時に辞書を利用するこ
 とはできないので、ライセンスには抵触しないと考えていいでしょう。
 

 ■ パソコンからアクセスできる電子辞書のメリット    田村 洋一

  いま日本国内の電子辞書市場は新しい段階に入りました。メーカー4
 社の競争は熾烈で、一般社会人・学生向け製品の売れ筋は実買価格1~2
 万円台、高級機でも5万円を切るという消耗戦の様相を呈しています。
 収録コンテンツの数の多さを競い合う時代は終わり、ターゲットの購買
 層に合わせた実用本位のコンテンツだけに絞り込んだ製品が増えていま
 す。もともと基本性能では差異化が難しい機器だけに、各社は生き残り
 を賭けてコストダウンに努めながら、機能の選別と充実、品揃えの見直
 しを進め、購買層の棲み分けを狙っているようです。

  そんな状況下で興味深い新製品が登場しました。SII(セイコーインス
 ツル)が2008年11月19日に発表した「SR-G9001」という機種です。ニュー
 ス系Webサイトでも紹介されていたので、ご覧になった方もあるでしょう。
 どこが面白いかというと、私がこのメールマガジンNo.106(2006年5月)の
 コラム「再び、電子辞書について(下)」で提案した仕様を、初めて、し
 かも完全に実現した製品(SIIに拍手!)で、電子辞書の利用形態を変え
 る可能性があるからです。そのとき書いた文章の一部を再掲します。

  「私のように仕事の大部分をパソコンの画面上で行っている人間は、
 現在の電子辞書に魅力を感じるものの、実際に使うのは面倒です。そこ
 で、メーカーに是非検討していただきたいのが、パソコンの外部接続機
 器としての電子辞書です。具体的には、電子辞書をUSBインタフェース
 でパソコンに接続し、パソコンから辞書の検索ができるようにし、従来
 通り携帯用として電子辞書単独でも使用できるようにします。…(中略)…、
 パソコン側では小さな検索画面を用意して、電子辞書の画面をシミュレー
 トするだけにします。使いたい辞書の選択、語句の入力、検索結果の表
 示、検索に伴う電子辞書との通信という4機能があればよいので…」(以下省略)

  つまり「SR-G9001」は、通常の電子辞書であるだけでなく、パソコン
 (以下、PC)とUSB 1.1インタフェースで接続し、PC上で動く専用検索ソ
 フト「PASORAMA」を介して、PC側から電子辞書内にあるすべての辞書を
 利用できる製品です。現在、検索ソフトはWindows 2000/XP/Vistaに対
 応しています。

  PCと連携動作するメリットをいくつか列挙してみましょう。

 1)検索語はPCの画面上でコピー&ペーストすればよく、作業能率が向上する。
 2)検索ソフトさえインストールしておけば、どのPCでも自分の辞書が使える。
 3)オフラインの場合と同様に、電子辞書の豊富な検索機能を活用できる。
 4)辞書ごとに複数の検索ソフトを併用する煩わしさから解放される。
 5)PCに多数のCD-ROM辞書をインストールする必要がない。企業の場合は
     辞書ソフトの資産管理が不要になる。総合的な導入コストも下がる場合が多い。
 6)PC単独で多数の辞書を持つ場合に比べてPCの負荷(CPU/メモリー/HDD)が
     軽くなるので、処理能力が限られる低価格PCや旧型PCでも容易に利用できる。
 7)PCから供給されるUSBバスパワーで充電しながら駆動できるので、電子辞書
     の電池の消耗を気にする必要がない[※注]。

  そのほか、自分がPCで作成した用語集のような表データ(CSVテキスト)
 を専用データ形式に変換して本体に取り込み、ユーザー辞書として登録
 するためのツールも提供されています。このユーザー辞書も標準搭載の
 辞書類と同等に検索できます。

  しかし、留意すべきこともあります。第1に、この製品は「ビジネス
 パーソン向け電子辞書」の位置づけであり、プロの翻訳者としては肝心
 の辞書コンテンツが物足りません。オプション辞書カードの追加は可能
 ですが選択肢が限られます。今後は専門家向け電子辞書でもPC連携機能
 を採用してほしいものです。第2に、海外で使用する場合は要注意です。
 検索ソフトの実行環境が日本語版Windowsではない場合、日本語の表示
 はできても入力ができないという制約がありそうです。第3に、電子辞書
 は相当に堅牢で耐久性がありますが、紛失したりすれば全ての辞書を失
 うことになります。第4に、企業によっては、情報漏洩とウイルス感染
 というセキュリティ上の懸念から、社内のPCにUSB機器を接続すること
 を禁止している場合があります。これはUSBメモリーを警戒したポリシー
 なので、電子辞書は安全であることを事前にネットワーク管理者に確認
 してもらうとよいでしょう。第5に、一般のPCではなくシンクライアント
 (Thin-Client)を利用している環境では、USBインタフェースを使用でき
 ないことがあります。

  私には電子辞書業界にお願いしたい機能的な要望があと2つあります。
 1つは、オプション辞書カード(媒体はSDカード)のデータ形式の業界標
 準を策定し、メーカーが異なっても同じオプション辞書カードを利用で
 きるようにすることです。
 もう1つは、電子辞書で数KB程度の日本語/英語のテキストを入力して、
 それをPCにアップロードできるようにすることです。最近、文具メー
 カーのKING JIMから携帯型テキスト入力専用機「pomera」が発売され、
 隠れたヒット商品になっています。あるいは企業でのノートPCの利用
 制限が背景にあるのか、メモをとる感覚で、携帯電話機の10キーでは
 なくフルキーボードで、テキスト入力したいという需要は少なくない
 ことがわかります。電子辞書の付加機能としても必然性があるのでは
 ないでしょうか。そのためには、まず電子辞書のQWERTYキーボードに
 スペースキーを追加しなければなりません。

  さて、市販の電子辞書をはるかに越える範囲の辞書・事典類を必要
 とする専門家には、かさばらず、3万円台から買える「ミニノートPC」
 を辞書専用機にするという選択肢もあります。これについては、次回
 に触れたいと思います。

 ●注:「SR-G9001」をPCからのUSBバスパワー(USBインタフェースで電
 源も供給すること)で充電しながら動作させられることについては、執
 筆時点ではSIIのWebページとカタログに明記されていませんが、同社
 に確認済みです。この場合、電子辞書にACアダプタを接続する必要は
 ありません。ただし、ノートPCに接続して長時間利用する場合は、PC
 の電池の負荷が高くなるので、PCをACアダプタで駆動すべきです。こ
 れは他のUSB接続の外付け機器の場合と同様です。

■ 私にとっての「翻訳」の原点   田村洋一

 物思う秋…というわけで今回は初心に返り、私が「翻訳」に興味を持
つようになったきっかけを思い出してみることにしました。ただし、転
機というほど大げさなものではありません。

 幼少時からFENのDJ番組で英語やスペイン語の音楽を聞き初め、教会
の幼稚園で英語の手ほどきを受けましたが、その後は特別の外国語教育
を受けたことはありません。私にとって英語は仕事の道具であり、専門
は「日本語」だと思っています。言語というものに次第に興味を持ち始
めたのは高校生の頃で、「時事英語研究」(研究社)と「言語生活」(筑
摩書房)という専門雑誌を愛読していました。FENでは泥沼化するベトナ
ム戦争の戦況報告がトップニュースでした。FENには「A Little Language
Goes A Long Way」という日本語ミニ講座もあり、私は逆に英会話講座と
して聴いていました。当時は現在の数倍の読書量をこなせたので、自然
科学系のペーパーバックや海外雑誌も読み始めました。級友にはローマ
の歴史家タキトゥスの「ゲルマニア」を原語(ラテン語)で読んでいる強
者もいて刺激的な環境でしたが、私の中ではまだ日本語と英語は別々の
ものでした。

 しかし、私に「翻訳」を強く意識させたのは意外にも漢文のN先生で
す。後に大学教授に転身された学者で、生徒には日本人の教養としての
漢文とは何かを伝えようと努力されました。このN先生があるとき「君
たちは漢文を解釈しただけで翻訳したつもりになっているが、それは間
違いだ」と言われ、私は直ちに「なるほど」と納得したのです。繰り返
して読むに耐える日本語の文章になっていないという指摘でした。

 私たちは「翻訳」と聞くと、すぐに現代の外国語と日本語との間の変
換作業だけを思い浮かべる傾向があります。しかし、紀元前から伝わる
漢文も、「万葉集」のような上代日本語(万葉仮名で表記)も、「源氏物
語」や「とりかへばや物語」のような平安朝文学も、翻訳しなければ現
代人は容易に鑑賞することはできません。古典も外国語も翻訳に違いは
なく、日本には約1500年の翻訳の歴史があることになります。この歴史
の教訓は活かされているのでしょうか。昨今の大方の翻訳は欧米語に引
きずられすぎてカタカナ語を濫用し、訳語を創作する努力を怠っている
ように見えます。それはさておき、それぞれの「原語」に精通した専門
家自身は翻訳書を必要としません。そこで和訳を例にとれば、翻訳とは
原著の内容を読者のために現代日本語の優れた文章で表現することであ
る…と言えるでしょう。日本語の表現能力の比重は原文解釈と同等以上
に大きいと思います。一般に自分の母国語に訳すべきだと言われる理由
がここにあります。

 これは文芸作品の翻訳に限りません。かつて仕事で米国の某コンピュー
タメーカーのデータベース使用手引書の日本語版を読んでいて記述内容
が納得できず、原著を見せてもらったところ、その分かりやすさに驚い
たことがあります。易しいことを難しく書いてはいけません。これは翻
訳者(レビューワを含む)の理解力に加えて、多分にセンスの問題でもあ
ります。この出来事も私に「翻訳」の要件を認識させるきっかけになり
ました。

 もちろん、優れた訳文は正確な解釈があってのこと。知識不足や思い
込みで原文解釈を誤ると、とんでもなくおかしな訳文ができます。それ
を日本語レベルで取り繕うのは「表現力」とは別の話です。見る人が見
ればミスは歴然としています。科学技術系の啓蒙書やテレビ番組の字幕
は特に要注意で、監修者の眼力が試されます。

●参考:
・FENはFar East Networkの略称で、米軍の全世界放送ネットワーク
AFRTS(U.S.Armed Forces Radio and Television Service)の極東地域向
けラジオ放送のこと。現在、FENはAFN(American Forces Network)と改称。
誰でも聴けるAM放送は、関東地方ではAFN-Tokyo(810kHz)で、Eagle 810
という別称がある。
・最初に読んだ翻訳書は「ワンダーブック」:
 "A Wonder-Book for Girls and Boys" by Nathaniel Hawthorne, 1852
 ※ギリシア神話を子供向けに翻案した短編集。
■ Hiram Bullock 走る   田村洋一

 大阪生まれの米国人、Hiram Bullock(ハイラム・ブロック)という素
晴らしいギタリストがいました。日本ではジャズやファンクの熱心なフ
ァンを除いて知名度は高くなく、情報量も非常に少ないようです。でも、
そのギターの音色は誰でも聴いたことがあるはずです。Billy Joelの大
ヒット「The Stranger」やSteelyDanの「Gaucho」、サックス奏者David
Sanbornの数々のアルバムをはじめ、ジャズからポップスまで優に100を
超えるアルバムに強力な助っ人として参加しているのです。Hiramのこ
とを過去形で書かなければならないのは心が痛みます。今年7月25日に
死去、まだ52歳でした。

 経歴や演奏活動についてはThe New York Timesの記事やHiramの公式
Webサイト(なかなか良くできている)を見ていただくとして、私の個人
的な印象を書きとめておきたいと思います。ある出来事が今でも強く記
憶に残っているのです。

 1970年代後半から90年代初頭にかけて、ジャズファンを楽しませてい
たのが真夏のジャズ・フェスティバル「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」
(東京:よみうりランド)です。1万3000人収容の巨大な野外劇場「East」
が満員になると、ミュージシャンと観客の熱気で暑さなど忘れてしまう
ほどです。1984年7月、チケットの入手が容易ではないこのコンサート
を、わけあって私は記者席から楽しめることになりました。当日の出演
は名アレンジャーGil Evansが率いるビッグバンド。72歳のGilは秀逸な
編曲とプレーヤーの自主性を尊重するリーダーとして、多くのジャズメ
ンの尊敬を集めていました。しかし、この日はトラブルに見舞われます。

 このバンドの編成は少し変則的で、Gil自身のピアノ以外にキーボー
ド(シンセサイザ?)が2台ありました。演奏が始まってすぐ何かおかし
いと感じました。音のバランスが変です。下手側の最後列にいる左側の
キーボード奏者(たぶんPete Levin)が、演奏しながら背後のスタッフに
しきりに何か言っています。そのうち私にも事情がわかりました。キー
ボードの音が出ていない!…すでに本番が始まっているのですから大事
件です。気の毒なことに、このキーボードは最後までダウンしたままで、
奏者は引っ込むこともできず、弾いているふりを続けなければならなか
ったのです。最悪の1日だったことでしょう。

 しかし、バンドの演奏は徐々に調子を上げ、キーボードの不調をあま
り感じさせませんでした。メンバーは全員がバンドリーダー級の強者揃
いですから(日本なら、前田憲男とウインドブレイカーズのような)、
Gil自身がアドリブでアレンジを変えたか、抜けた部分を他のパートの
メンバーがカバーしたのでしょう。この優秀なメンバーの中にサングラ
スをかけた若い黒人ギタリストがいました。長身で精悍な彼はステージ
下手の最前列で、ロック系で使われることの多いソリッドギター(スト
ラトキャスター・タイプ)を弾いていましたが、目についたのは彼の左
足(たぶん)です。膝から下がギプスに覆われています。骨折した脚をひ
きずって海外公演に参加するというのは大した根性です。それだけでも
目立つのに、度肝を抜かれたのはその後です。

 アンコール曲が終わったかどうかというとき、そのギタリストは楽器
を背中に回すと、高さ1m以上ある舞台からひょいと客席に飛び下りま
した。もちろん骨折していないほうの脚で着地したのですが、そのまま
舞台を背に、すごいスピードで客席中央の通路を後方へ片足飛びで飛ん
でいったかと思うと、途中で右折して横方向の通路を端まで疾走、最後
はまた方向を変えて舞台に駆け上がっていきました…もちろん片足だけ
で。その間、10数秒。「いったいなんて奴だ!」としか形容できません。
これが28歳のHiram Bullockです。近年の彼の巨体しか知らない人には
信じられない話でしょう。観客は拍手喝采でした。

 これは観客を楽しませる彼一流のサービスとも考えられますが、フラ
ストレーションの爆発のようにも見えます。このバンドにはHiramのマイ
アミ大学以来の旧友で天才ベーシストのJaco Pastriusが参加する予定で
したが、演奏中にJacoがフィーチャーされた記憶がありません。Jacoは
躁鬱病に悩まされて奇行が話題になっていた頃で、あるいは本番には出
演できなかった可能性があります。キーボードの不調もあり、バンドと
して最善の演奏ができなかったとすれば、私にはHiramの超人的パフォー
マンスが納得できるのです(この日のライブ盤はありません)。

 Hiramは演奏テクニックをひけらかすタイプではなく、伸びやかにギ
ターを歌わせる音楽性豊かなアーティストです。ギターが一番上手なシ
ンガー&ソングライターという表現も冗談とばかりは言えません。自分
のリーダーアルバムの曲はほとんど自作で、歌も巧いのです。その言動
から明るくハッピーな性格に見えますが、自分のアルバムは全て自分で
プロデュースするというレコードの制作姿勢からは完全主義者の顔が見
えます。私の愛聴盤「Way Kool」は1988年に着手し、1992年に発売にこ
ぎ着けました。この中で「At last!! 一時は日の目を見ないで終わるん
じゃないかと思った」と書いているくらいです。結構ストレスも多かっ
たのではないでしょうか。一時、ドラッグに溺れたことからもそれが窺
われます。

 2008年3月29日付の短いブログ(Hiramの場合は洒落で"Bullog"と書く)
は病床で書いたもので、その中で、喉の癌で化学療法を受けていること、
味覚を失って大好きなビーン・ブリートにも食欲を感じないことなどを
ユーモアを交えて書いています。2003年のアルバム「Try Livin It」で
人生をテーマにしたHiramが、それを発展させる間もなく逝ってしまっ
たことは、音楽ファンにとって非常に大きな損失です。

●参考:
・Hiram Bullockの公式Webページ:
 http://www.hirambullock.com
・The New York Times掲載の追悼記事(2008年7月31日付):
 http://www.nytimes.com/2008/07/31/arts/music/31bullock.html
■ 地上デジタルテレビ放送にメリットはあるのか?    田村洋一

 最近日本では、国民の生活に大きな影響を及ぼす決定が知らないうち
になされ、実施間際になって気がつくという例が多いようです。最大の
問題は「米軍再編」や「裁判員制度」ですが、今回はもう少し細かい問
題に触れたいと思います。

 テクノロジーに強いことを自他ともに認める私としては、デジタル技
術自体の有用性は極めて大きいと考えていますが、「地上デジタルテレ
ビ放送」となると消費者にとってどんなメリットがあるのか疑問を感じ
ています。とくに最近の「ダビング10」騒動をみて、コンテンツのデジ
タル化が消費者にとってはむしろマイナスに作用しているのではないか
と思わざるを得ません。この騒動の経緯については6月13日付の日経朝
刊に「ニュースの理由(わけ):『ダビング10』迷走続く--金縛り著作権
法を象徴」という同紙・渋谷高広編集委員の明解なコラムが掲載された
ので、読まれた方も多いことでしょう。

 端的に言って、現在のBS/地上デジタル放送に適用されている録画の
「コピーワンス」方式は利便性を損なうだけでなく、消費者を「潜在的
不正コピー犯」とみなすもので、まことに不愉快な仕組みです。そもそ
もこれは強力なコピー防止機能であり、いったんハードディスク(HDD)
レコーダに録画したデータをDVDディスクへ複写(copy)ではなく移動(move)
するものなのですから、名称からして欺瞞的です。実用上トラブルが多
く不評なため、「オリジナルのHDDから9枚までのDVDへの複写を認め、
10枚目は移動とみなしてオリジナルを消去する。ただし、DVDから別の
媒体への複写は認めない」というダビング10方式が考案され、導入直前
までいっていました。これで利用者は、複写したDVDに互換性がないこ
とに気づいた場合でも、もう一度作り直すことができ、保存用にバック
アップも作れます。この程度のことができなければ安心してHDDレコー
ダを使えません。ところが、著作権の「権利者側」と文化庁は、全く別
の「私的録音録画補償金」問題(これも奇々怪々な制度)と絡めて、土壇
場でダビング10の導入に待ったをかけました。結果的に無期限延期にな
ってしまったのです。

 本来、個人使用の複写は一定数までは規制すべきではなく、それを超
える分についても禁止ではなく課金する仕組みを構築すべきなのです。
技術的にはDVDのCPRM(Content Protection for Recordable Media)規格
を拡張し、割高の専用媒体を用意すれば可能と思われます。また、個人
認証を完備した上で、自宅のパソコンやネットワーク上の個人用サーバ
にあるビデオデータをネットワークを介して視聴することも認められる
べきです。現行の規制は「何が何でもコピーさせない」という頑なな姿
勢であり、ここからはデジタルコンテンツの楽しい使い方など生まれる
余地はありません。これはビジネス的にみても大きな障害です。

 さらに、デジタル放送の受信にはスクランブル解除のためのB-CAS(CAS:
Conditional Access System)カードが必要です。これはBSデジタル放送
の開始に合わせて電波法を補うために1995年に発令された郵政省令「超
短波データ多重放送に関する送信の標準方式」の中で「有料放送」にス
クランブルをかけることが認められたことが発端になっています。とこ
ろが、地上デジタルテレビ放送の開始に合わせて2003年に発令された総
務省令「標準テレビジョン放送等のうちデジタル放送に関する送信の標
準方式」の中では、「放送番組に関する権利を保護する」という文言に
変えられました(※「著作権」とは書いていないことに注意)。その結果、
無料の地上デジタルテレビ放送にもスクランブルがかけられることにな
ったのです。B-CASカードには利用者登録手続きがあり、NHKが受信者を
把握するための仕組みといううがった見方もあります。しかし、本来不
要なCASモジュールを組み込むために受信コンバータやレコーダの価格
が上がり、B-CAS社によるB-CASカードの運用コストも何らかの形で転嫁
されているはずなので、消費者は余分の負担を強いられています。つい
でに言えば、デジタルレコーダに必ず付いている電話線インタフェース
も無用の長物ですが、ここでは詳述するスペースがありません。

 現在、世界各国で周波数再編が進行中で、そのためのテレビ放送のデ
ジタル化が進められています。米国では「DTV transition」と呼ばれ、
大規模テレビ局のアナログ停波は2009年2月17日、英国では「Digital
switchover (DSO)」と呼ばれ、最終的なアナログ停波は2012年、そして
日本のアナログ停波は2011年7月24日です。視聴者にも経済的負担を求
めることから、米国FCCも英国Ofcomも日本の総務省とその外郭団体も、
デジタル移行について一般向けの啓蒙的な広報活動を展開していますが、
周波数再編そのものについてはOfcomの情報が最も充実しています。周
波数再編の目的は、従来のテレビ放送(VHF/UHF)が使用している周波数
帯をデジタル化して圧縮(1波あたりの帯域は35%程度に減少)し、UHF帯
の一部に集約することで、空いた周波数帯「アナログ跡地」(digital
dividend)を移動体無線で活用する余地を作ることです。平たく言えば
電波の「地上げ、転売」です。機器メーカーが宣伝する地上デジタルテ
レビの「フルハイビジョン画質の素晴らしさ」や「電子番組表(EPG:
Electronic Program Guide)の便利さ」などは、ほんの表面的なことに
すぎません。

●参考:
・Digital Dividend Review - A Plain English Summary of the
Consultation(19 December 2006, Ofcom);デジタル移行とスペクト
ラム管理の重要性についての平易な解説書:
  http://www.ofcom.org.uk/consult/condocs/ddr/ddr_plainenglish.pdf
・Dpa(社団法人デジタル放送推進協議会)
 http://www.dpa.or.jp/
■ 完璧と冒険のピアニスト
    田村 洋一

 Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン;長いので以下、Oscar)は
世界で最も著名なジャズ・ピアニスト(そして、カナダ人)と言えるでし
ょう。演奏家として非常に懐の深い人なので、ジャズというジャンルを
越えて幅広いファンの支持を得てきました。2007年12月に82歳で亡くな
るまで長く現役として演奏を続け、生涯に300枚超のアルバムを残し、
作曲家としても二つのカナダ組曲[注1]などの作品があります。カナダ
では人間国宝的な存在でした。1985年には「C.C.」の称号[注2]を授与
され、名目的な君主である英女王を除けば、存命中に切手に肖像が採用
(2005)された唯一の人物なのです。

 貧しくとも音楽的才能豊かな家族に囲まれて育ち、優れたピアノ教師
だった姉のDaisyの薫陶を受けてクラシカル音楽を学び、絶対音感もあ
ったOscarは、事情が許せばクラシカル音楽界で、20世紀カナダが生ん
だもうひとりの異才Glenn Gouldを凌ぐ存在になっていたかもしれませ
ん。Oscarが演奏するバッハの「ゴルトベルク変奏曲」を想像するだけ
でもスリリングです。しかし、米国のNina Simoneの場合と同様に、カ
ナダでも人種差別の壁があったのでしょう[注3]。1940年に14歳でCBC
(カナダ放送協会)のピアノ・コンテストで優勝すると、すぐにジャズの
世界でプロ活動を始めました。もちろん、この選択が成功だったことは
その後の実績が証明しています。

 OscarとGouldには、抜群のテクニックを持ったピアノの天才という以
外にも共通点があります。まず、曖昧さのない確信に満ちたピアノのタ
ッチ。CBCとの関係。カナダを離れて暮らすことなど考えたこともない
こと。そして面白いのは、二人とも演奏中に興が乗ってくると唸ること
で、これはレコードでも聴くことができます。Gouldの録音プロデュー
サーは「なんとかならないのか?」と注文を出しましたが、本人は意識
的にやっていることではないのでお手上げ。Oscarの場合はもっとおお
らかで、時には笑い声をあげたりしています。これを聴いていると、自
分の演奏にどれくらい満足しているのかがわかります。

 幅広いファン層を持つ一方で先鋭的なモダンジャズ・ファンからは
「超絶技巧は称賛に値するが進歩がない」という趣旨の批判も聞かれま
した。Astor Piazzollaの場合とよく似ています。これは多分に聴く側
の理解不足とビジネスの問題です。実は私自身、ある発見をするまで
Oscarの演奏は装飾過剰気味で音が多すぎるか、あるいはムードに流れ
ると感じられて、それが持ち味とばかり思っていました。

 もう30年ほど前に厳寒の八戸に出張した折に見つけた「沙婆羅」とい
う居心地の良いジャズスポットでのことです。凍えた身体をオンザロッ
クのダブルで解凍しつつ、店のレコード目録のページをめくっていると
「Nica's Dream」という曲名が目に留まりました。私の好きなピアニス
トHorace Silverの作品です。演奏はOscar Peterson Trio、アルバムの
タイトルは「Mellow Mood」。イージーリスニング的な雰囲気を連想さ
せますが、試しに聴いてみたくなりマスターにリクエストしました。と
ころが、これが文句の付けようがない極上のジャズだったのです。静か
な、しかし緊張感を湛えた出だしから、次第に火花が出るような物凄い
演奏に変わっていきます。膨大な音符を連ね、多彩な音色を使い分けな
がら、しかも、原曲のシンプルな良さも活かしています。「ターボチャ
ージャー」のスイッチが入って全力を出し切ったときのOscarの演奏(決
して多くはないはず)は鳥肌が立つほどです。Oscarの構成力の見事さと、
ピアノという楽器を「弾きこなす」とはどういうことかを教えてくれる
最良の(ある意味で恐ろしい)実例ではないでしょうか。

まさに至福の7分54秒。

 このレコードは旧西ドイツのVillingenにあったMPS(Musik Produktion
Schwarzwald;訳せば黒森音楽工房)スタジオというユニークな環境での
ライブ録音(1968)です[注4]。いまではMPS盤はOscarの名演の宝庫とい
う定評があります。不思議なことに、Oscarはその後「Nica's Dream」
を二度と録音していません。私の発見とは、アーティストに真の実力を
発揮してもらうためには、その環境を整えてあげることがいかに大切か
ということなのです。

【注1】"Canadiana: Fields of Endless Day"(1964)と、Michel Legrand
との共作"Trail of Dreams: A Canadian Suite"(2000)の2曲。
【注2】"C.C."は"Companion of the Order of Canada"の略。英女王か
らカナダ総督を通じて功労者に授与される称号で、序列(Order of
Canada)の最高位。「Oscar Peterson, C.C.」と書く。
【注3】戦前のカナダの黒人社会については、カナダ人ジャーナリスト
Gene Leesの下記のOscar Peterson研究書に詳しい。
【注4】MPSレーベルについてはGene Leesの著書の15章を参照。

●参考:
・定評あるOscar Peterson研究書:
 "Oscar Peterson - The Will To Swing" by Gene Lees, Cooper Square
Press, updated edition, 2000
・Oscar Peterson Catalog - album index:
  http://www.jazzdisco.org/peterson/cat/

   2007年の秋、東京の世田谷文学館で「植草甚一/マイ・フェイヴァリ
 ット・シングス」という企画展が開催されました。同館は世田谷区に縁
 のある作家・著述家の資料を収集し展示する施設です。映画、ミステリ、
 モダンジャズを中心に精力的にエッセイを書き続けた植草甚一さん(190
 8-1979)も世田谷区の住人で、2008年が生誕100年にあたることを意識し
 ての企画だったようです。

  私が植草さんのエッセイに出会ったのは早川書房のミステリマガジン
 (HMM)でした。1970年前後のことですから、植草さんが雑誌「ワンダー
 ランド」や「宝島」でカリスマ的な人気を得る少し前です。文章を読ん
 でいると何となく生活圏が重なっているような印象があり、そのうち当
 時の私の家と植草さんの家はすぐ近く、つまり小田急線の経堂駅近辺と
 わかりました。また、私のよく知っている神保町の古書店も登場し、何
 となく親近感を持ちました。植草さんの文体は、ある種の「とりとめの
 なさ」が特徴で、正直なところ私には抵抗なく読めるとは言いにくく、
 むしろ波長がピッタリ合ったのは同時期にHMMに評論「パパイラスの舟」
 を連載していた小鷹信光さんのキリリと引き締まった文章なのですが、
 植草さんの「本」に対する尋常ではない情熱(書物の隙間で暮らしてい
 る風情)と、時に鋭く閃く感覚が、私を惹きつけるものを持っていたの
 です。1960年代から70年代にかけては米国の激動の時代でした。キュー
 バ危機、JFK暗殺、ベトナム戦争、公民権運動とキング牧師暗殺、等々。
 植草さんは大衆文学や黒人ジャズメンを通して米国社会の矛盾を見つめ
 ていたように思います。「雑学の大家」や「サブカルチャーの教祖」と
 いう世評は、ご本人の演出があったとしても、目的と手段を取り違えた
 見方のように感じられます。

  今回の企画展には植草さんの膨大なコレクションの一部が(写真でな
 く実物で)展示されると聞けば、出無精の私でも見逃すことはできませ
 ん。実際、大変見応えのある展示内容でした。スイングジャーナル誌に
 掲載されたコラージュやイラストの原画(初公開?)は、植草さんのアー
 ティストとしての非凡さを納得させるものでした。几帳面な購入記録も
 珍しいものでした。しかし、私にとって何より興味深かったのは会場に
 入って最初のコーナーに展示してあった蔵書の書棚です。

  実用本意のスチール書棚1本に、ぎっしりと収まったペイパーバック
 は300冊ほど。書棚の前には蔵書カードの山が置いてあり、ざっと6000
 ~7000冊分に見えますが、それでも植草さんの膨大な蔵書の一部に過ぎ
 ません。書棚の中身はミステリ、SF、ノンフィクションなど雑多ですが、
 同じタイトルの本が2冊ある(しかも1件だけではない)のは不思議です。
 植草さんの場合、うっかりダブって買ってしまったとは考えにくく、判
 型が微妙に違うところを見ると、版次による内容の違いがあるのかもし
 れません。

  その書棚の本を目で追っていくと、ミステリ本に挟まるように、やや
 小型の白い背表紙が見え、そのタイトルは「Woman Times Seven」。こ
 れには目を疑いました。心の中では「そうか!! 本があったのか!!」と
 叫んでいたのです。「Woman Times Seven」は1967年制作の映画で、監
 督はビットリオ・デ・シーカ、主演はシャーリー・マクレーン。カリカ
 チュア的に女性の心の綾を描いた少しエロチックな7つの短編コメディ
 からなるオムニバス作品(それで「女×7」※注1)で、その7役をシャー
 リーが1人で演じ分けます。各編は15分ほどの、小説でいえばショート
 ショートなので、状況設定とその展開が見どころです。共演はピーター・
 セラーズ、マイケル・ケイン、アラン・アーキン、アニタ・エクバーグ
 など豪華な顔ぶれ。舞台はフランスのパリで、全て英語ながら、ユーモ
 アとペーソスにヨーロッパの香りがします。シャーリーの衣装デザイン
 はピエール・バルマン、カメラワークは優れ、さりげなく登場する美術
 品などディテールにも凝っています。最後のエピソード「Snow」の余韻
 もいいし、映画作りを学ぶ若い人には格好の教材だと思うのです。とこ
 ろが…

  この作品、日本ではいつ劇場公開されたのかさえ不明らしく、私の知
 る限り、テレビでも過去に1度だけ、荻昌弘さんのTBS「月曜ロードショ
 ー」で「女と女と女たち」という、あまり感心しない邦題で放映された
 ことがあるだけです。当時、原作本でもあればと期待して探してみまし
 たが見つかりません。その後、VHSビデオは米国版(絶版)だけで日本で
 は発売されず(一部、翻訳しにくいところがあるため?)、米国を含めて
 どこでもDVD化されず(権利の問題?)、ほとんど「幻の名作」になって
 います。(※注2)

  植草さんの蔵書の1冊が本当にこの映画と関係があるのかどうか確か
 めたいという衝動に駆られ、できればVHSビデオも入手したいと思い、
 再び探索することにしました。なにぶん40年前の作品なので、ほとんど
 コレクターズ・アイテムですが、幸い現在はインターネットがあります。
 iMDBで映画の脚本の情報を調べ、古書の書誌情報と付き合わせてみると、
 私の推測は正しかったようです。結局、一方はカナダ、他方は米国で見
 つけたので多少の時間とコストはかかりましたが、非常に状態の良いペ
 イパーバック(1967初版)とVHSビデオ(1993)を入手することができまし
 た。この本は米国コネチカット州の出版社Fawcett Publicationsの叢書
「Gold Medal Book」の1冊で、Cesare Zavattiniによるオリジナル脚本
 を、Charles Einsteinが忠実にノベライズしたものです。この出版社は
 企業買収されたため現存しませんが、ミステリにも力を入れていました。
 植草さんがどのような経緯でこの128ページの小さな本を入手したのか
 は、今では知る由もありません。

【注1】映画「Woman Times Seven」の7つのエピソードは、◇The Funeral
 Procession◇Amateur Night◇Two Against One◇The Super-Simone◇At
 the Opera◇The Suicides◇Snow
【注2】「幻の…」と嘆いていたところ、ユニバーサルから日本向けの
 DVD(日本語字幕)が3月発売と発表されました。このタイミングは全くの
 偶然ですが、予定通り発売されれば映画ファンには貴重なチャンスです。

 ●参考:
 ・世田谷文学館
  http://www.setabun.or.jp/
 ・Fawcett Publicationsの歴史(Wikipedia)
  http://en.wikipedia.org/wiki/Fawcett_Publications
 ・ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
  http://www.universalpictures.jp/

 ■「Ten Cents a Dance」のこと  田村洋一

  ずいぶん前のことですが、上野の東京都美術館で「描かれたニューヨ
 ーク」という展覧会がありました(※正確には1981年)。このような特定
 のテーマによる大規模な展覧会はいろいろな発見があって面白いものな
 のに数が少ないのは、作品を借りる相手が多数になり、企画する学芸員
 の作業が大変だからでしょう。

  この展覧会で出会い特に記憶に残ったのが米国の画家Reginald Marsh
 (1898-1954)の「Ten Cents a Dance」(1933)という作品です。当時、私
 はこの画家も作品も知りませんでした。縦90cm×横120cmほど(だいたい
 F50号)のテンペラ画で、美人といってよい引き締まった身体の女たちが
 シンプルなノースリーブの原色のドレスを着て、画面にひしめき合うよ
 うに描かれています。女たちはベランダのような仕切りの向こう側にい
 て、背景は薄暗い室内に溶け込み、正面を向いた左端の女は両手を手す
 りについてこちらに少し身を乗り出して、何か呼びかけているようです。
 その表情の奇妙な明るさが印象的です。題名から職業ダンサーらしいこ
 とと、1曲踊って10セントらしいことはわかります。しかし窓もドアも
 ないので街路に面しているようには見えず、場所がよくわかりません。
 これはニューヨークのどこなのでしょうか?

  早速調べ始めましたが、思った以上に難航しました。Marshの画集も
 資料も見つからないのです。まだWebは使えずGoogleもなく、アメリカ
 文化センターあたりで本気で調べる時間はなく、とうとう断念しました。
 折に触れて気になっていましたが、ようやく最近、良い資料を2点発見
 し入手することができました。1点はMarshの没後30年ほどたった1983年
 にニューヨークのWhitney Museum of American Art (以下、Whitney美
 術館)で開催された回顧展「Reginald Marsh's New York」のカタログで
 す。この展覧会を企画したゲスト・キュレータのMarilyn Cohen (美術
 とポップカルチャの研究者)が執筆した解説は読みやすく説得力のある
 優れた評論です。同氏は2年後に「Reginald Marsh: An Interpretation
 of His Art」と題した学位論文でInstitute of Fine Arts (New York
 Universityの美術史系大学院)からPh.D.を授与されています。この2つ
 の論考は、Marshを含む「14th Street School(14丁目派)」の画家4人を
 採り上げた「The "New Woman" Revised」(Ellen Wiley Todd著、1993)
 のようなジェンダー研究書でも引用されています。Whitney美術館のカ
 タログの出版にはDoverが協力していますが同社の目録には掲載されて
 いません。不思議なことにWhitney美術館の出版目録にも掲載されてい
 ないばかりか、同館のオンライン蔵書目録にも掲載されていないのに、
 Amazon.comにだけ新刊在庫があるのです。もう1点は「The Sketchbooks
 of Reginald Marsh」(Edward Laning著、1973)で、こちらは古書でしか
 入手できません。ここでは内容に詳しく触れる余裕がありませんが、
 Marsh研究には欠くことのできない資料です。

  しかし、米国でもいまだにReginald Marshの全作品集(カタログレゾ
 ネ)は出版されていないうえ、日本の国立美術館(東京国立近代美術館、
 他3館)には版画さえ1点も所蔵されていないのでは、以前に私が文献探
 索に失敗したのも道理です。Marshは決してマイナーな存在ではなく20
 世紀の米国美術を代表する画家の一人なのですから、この扱いは不可解
 です。上述のカタログを読んで少し事情がわかってきました。Marshか
 ら膨大な作品と資料を託された未亡人Felicia Meyer Marsh(画家で1978
 年没)は、できるだけ多くの人にMarshの作品を鑑賞してほしいと考え、
 全米の100カ所を超える美術館や施設に分散して遺贈しました。そのた
 め、Marsh作品の全貌を捉えることは難しくなってしまったのです。そ
 の中で、Marshの生前から関係の深いWhitney美術館が最も多くの絵画作
 品を所蔵することとなり、スケッチや書簡、スクラップブックなどの資
 料の大半は最終的にSmithsonian Archives of American Art (AAA)が受
 け入れてThe Reginald Marsh Papers」として管理し、デジタル化が進
 められています。

  さて、前置きが長くなりましたが「Ten Cents a Dance」のテーマは
「Taxi-Dance Hall」で働く「taxi-dancer」、つまり「踊るホステス」
 です("taxi"は従量制のニュアンス)。この絵を描くためにMarshは
「Cosmo」というダンスホールに何回も通い、スケッチをもとに再構成し
 て作品に仕上げたことが知られています。上述のカタログには
「Venetian Gardens」という名前のダンスホールを紹介した詳細なイラ
 スト(掲載誌:The New Yorker, February 13, 1932)があり、これを見
 ると店内の様子がよくわかります。タッチは違いますが妹尾河童さんの
 緻密なイラストに似た感覚で、派手な看板のある店の入口から細い階段
 を上り、ダンスホールの受付で回数券のようなチケット($1.10)を買い、
 踊ってくれるホステスを選び(というよりは、客待ちのホステスに素早
 く腕をつかまれて)ダンスフロアへ…という流れがわかるように、ポス
 ター風に説明を書き込んで描かれています。名目上は社交ダンス教室
 (Academy)なのですが、営業時間は午後3時から午前3時、看板には「個
 室で個人レッスンも」という文字もあり、かなり怪しい雰囲気です。ダ
 ンスフロアでは用心棒らしい強面のおじさんが目を光らせています。壁
 面にビールやウイスキーではなく大きく「SODA」と書かれているのは禁
 酒法(Dry Law:1920~1933)の影響下にあるからです。Marshの絵の発表
 に先だつ1930年に「Ten Cents a Dance」という歌が大ヒットし、翌年
 には同名の映画も公開されました。Marshの絵も、歌詞や映画も、大恐
 慌直後のニューヨークの風俗を今日に伝えています。

  蛇足ですが、もうひとつ驚きの発見がありました。Reginald Marshの
 誕生日が私と同じだったのです。星座が同じだと共感するところが多い…
 とは信じがたいことですが。

 ●参考:
 ・Smithsonian Archives of American Art (AAA)
  Collections Online:
  http://www.aaa.si.edu/collectionsonline/
 ・The "New Woman" Revised - Painting and Gender Politics on
  Fourteenth Street, Ellen Wiley Todd, University of California
  Press, 1993
  電子版(全文):
  http://content.cdlib.org/ark:/13030/ft9k4009m7/

 2007年6月29日、UNESCOの世界遺産委員会から2007年度の世界遺産リ
ストの更新内容が発表されました。この決定はいろいろな意味で興味深
いものです。ご存知の通り、世界遺産(World Heritage Site)は文化遺
産、自然遺産、複合遺産に大別されます。2007年度は文化16、自然5、
複合1の合計22件が追加登録されました。この結果、世界遺産の登録総
数は実に851件(文化660、自然166、複合25)となりました。地理的には
世界141カ国に分布しています。なお、1件が登録を抹消されました。登
録された世界遺産を維持管理する努力も求められているのです。

 日本の「石見銀山遺跡とその文化的景観」が文化遺産として登録され
た紆余曲折については省略しますが、初めにニュースを読んだときの率
直な感想は「石見銀山ってどこだっけ?」というお粗末なものでした。
山陰に廃坑があることは知っていますが、正確な地図が思い浮かびませ
ん。江戸時代に最盛期を迎えた国内有数の(実は東アジア最大級の)銀鉱
山ですが、それは遠い過去のこと…という印象でした。むしろ歌舞伎や
時代劇にも登場する「石見銀山ねずみとり」のほうに親しみを感じてし
まいます。この実在の殺鼠剤(砒素化合物)の産地は近くの銅鉱山だった
ようですが、物売りは有名な石見銀山をブランドとして拝借し、ねずみ
とりは大ヒットしました。

 私だけが不勉強とは思えないので(Iwami Ginzanと読めない人も少なく
ないはず)、UNESCOに申請する前に、日本有数の産業遺跡としてもっと
積極的に保護しPRするのが順序ではなかったかと思うのです。石見銀山
から産出した大量の銀は広くアジア各地に流通し、貨幣経済や多国間交
易の面で重要な足跡を残しているようです。今後は各国の研究者との交
流を促進して、世界文化遺産の趣旨を実現していくよう期待します。単
に新しい観光資源と考える人がいるとすれば、それは間違いです。

 隣国の韓国では「済州島の火山地形」(Jeju Volcanic Island and
Lava Tubes)が自然遺産に登録されました。富士山の風穴に似たハルラ
山の特殊な溶岩地形が評価されたものです。ところで富士山は日本の世
界遺産候補の一つですが、日本政府はまだ推薦していません。日本の世
界遺産の政府窓口が統一されていないことも一因と思われます。文化遺
産を担当する文化庁は富士信仰をアピールしようとしていますが、当然、
自然遺産の資格も十分あるわけで、こちらを担当する環境省と林野庁は
静観の構えのようです。現在、日本の世界遺産は14件(文化11、自然3)
で、複合遺産は1件もありません。現在のような官庁の縄張りがあって
は、富士山も当惑するしかないでしょう。

 2007年に登録された世界遺産で最も注目すべきなのは「Sydney Opera
House」です。登録の根拠となったのは同劇場の文化活動ではなく、20
世紀を代表する建築物としての評価です。1973年に落成したオペラハウ
スは大変ユニークな外観で、オーストラリアの顔ともいえる建築です。
しかし、舞台裏のスペースは十分とはいえず、舞台関係者の間では使い
勝手の悪い劇場という評価もあります。また頭上には、同じくシドニー
の景観に欠くことのできない「Sydney Harbour Bridge」(1932年開通)
が架かっていますが、こちらは世界遺産ではありません。この2つの建
造物を含むシドニー港の景観ということであれば異論はないのですが、
オペラハウス単独では「普遍的価値」を持つのかどうか疑問もあり、悪
い前例になりそうな予感がします。

 1987年にブラジルの首都Brasiliaが世界遺産に登録されましたが、こ
れは単独の建築ではなく都市計画と建築群をセットにした大規模なもの
でした。20世紀の建築が単独で世界遺産に登録可能ということになれば、
候補はどっと増えます。既にフランス政府は国内に散在するル・コルビ
ュジェ設計の建築をまとめて世界遺産に推薦する準備作業を進めており
(暫定リストに掲載済)、さらに日本の国立西洋美術館本館(1959年)など
国外にある建築も対象に含めたい意向と伝えられています。次はF.L.ラ
イトでしょうか、A.ガウディでしょうか?

 これらの動きを見て思うのは、世界遺産の選定基準も一様ではないと
いうことです。世界各地域の歴史と人々の価値観が反映されているから
に他なりません。世界遺産リストからは、石造りの大伽藍に対する欧州
人の限りない憧憬が感じられます。しかし、私には最大限の努力で保護
すべき文化遺産は他にあるように思えます。例えば、文字の変遷に関す
る資料です。京都大学の阿辻哲次教授が著書「漢字の文化史」で紹介さ
れている竹簡に書かれた中国秦代の法律書「雲夢秦簡」などは、存在自
体がほとんど奇跡的な文化財です。存亡の危機にある鉛活字のシステム
も立派な文化財です。また、自然環境と一体になった漆芸などの伝統工
芸や、アジアやアフリカの伝統芸能は優れた無形文化財です。2006年4月、
世界遺産の枠組みとは別にUNESCOの「無形遺産条約」が発効したことは、
大いに歓迎すべき前進であると思います。

●補足:
・世界遺産条約:Convention Concerning the Protection of the World
Cultural and Natural Heritage, Paris, 16 November 1972
・無形遺産条約:Convention for the Safeguarding of the Intangible
Cultural Heritage, Paris, 17 October 2003

●参考:
・UNESCO World Heritage Centre:
 http://whc.unesco.org/
・2007年度の世界遺産委員会の決定を伝えるUNESCOのニュース:
 http://whc.unesco.org/en/news/365
・文化遺産オンライン - 世界遺産と傑作宣言(文化庁):
 http://bunka.nii.ac.jp/jp/world/h_index.html
・日本の世界自然遺産(林野庁):
 http://www.rinya.maff.go.jp/sekaiisan/index_h.html
・無形遺産について(日本ユネスコ協会連盟):
 http://www.unesco.or.jp/contents/isan/intangible.html

 ■漢文の価値と玄奘の翻訳プロジェクト                  田村洋一

  日本において漢文の読解力が「教養」の不可欠の要素であったのは、
 それほど昔のことではありません。今日「教養」自体が死語になりつつ
 ある中で、自発的に漢文を読もうとする若者は確実に減っていることで
 しょう。考えてみれば、漢文とはまことに奇妙なものなのです。漢字だ
 けで書かれた文章を、「レ点」などを駆使して単語の順序を並べ替え、
 最小限のことばを補い、無理やり日本語らしき文章に再構成して意味を
 把握する…というのが一般的な漢文の読み方です。ここで尊重されるの
 は原文の表現であり、こなれた日本語に翻訳する努力は放棄されていま
 す。漢文は中国語であるにもかかわらず、中国語としての発音もリズム
 も(漢詩では韻律も)無視されます。外国語であって外国語でないのが日
 本の「漢文」なのです。

   現在、都内3カ所の博物館・美術館で「拓本の世界」という特別展が開
 かれています。拓本は金石文を紙に写し取ったもので、漢字の成立と字
 体の変遷を知るうえで貴重な資料です。展示された拓本自体、現代に採
 取されたものではありません。多くは唐宋の古拓で、中には一次資料で
 ある石碑が失われて、拓本のみが伝世している例もあり、拓本の存在価
 値がうかがえます。展示品の中に紀元前11世紀頃の青銅器に刻まれた文
 字の拓本があります。実に3000年前の文字ですが、そのうちいくつかは
 専門家でない私にも読めるのです。漢字、さらに漢文が読めるというこ
 とは過去3000年の東アジアの文化を理解する手段を持っていることを意
 味します。しかし、それを音読するとなると大きな困難に直面します。
 現代中国語で読むことも意味はありますが、本来の発音とは似て非なる
 ものかもしれません。古い時代の発音は正確にはわかっていないのです。
 また、漢文が日本に伝えられた当時、そこにもられた思想内容を表現で
 きるほど「やまとことば」は成熟していなかったと考えるべきでしょう。
 そこで、今日まで続く日本の特異な「漢文」の伝統があるのだと思います。

  さらに大胆な例は「読経」です。日本で「お経」つまり仏典を朗誦す
 る場合は「レ点」すら使わず、漢文を文字が並んだ順序に一律に音読し
 てしまいます。こうなると聞いている側で意味を把握することは困難で、
 哲学的な記述が暗号のような「ありがたいお経」になってしまうのは仕
 方ありません。しかし、仏典は偉大な翻訳作品でもあるのです。かつて
 私は「般若心経」に興味を持ち、文面を見て驚きました。「玄奘訳」と
 書いてあったからです。あの三蔵法師・玄奘が膨大な仏典をサンスクリ
 ットから翻訳したことは知っていましたが、今日の日本で広く用いられ
 ている般若心経が玄奘の翻訳プロジェクトの成果であることを目の当た
 りにしたのです。この仏典漢訳プロジェクトは唐の国家事業として西暦
 645年6月~664年2月に実施されました。それ以来、実に1300年以上も生
 きている翻訳作品なのです。

  シルクロード研究の第一人者である長澤和俊氏が訳された「玄奘三蔵
  - 西域・インド紀行」は、玄奘の伝記「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」(慧
 立本、彦ソウ箋、全10巻)、略称「慈恩伝」の前半(第1巻から第5巻まで)
 の口語訳です。漢字の当て字で表された膨大な地名や人名が含まれ、漢
 文からの翻訳として大変な労作ですが、懇切な訳注により素人でも読め
 るように配慮されています。インドから帰国してからの玄奘の業績を記
 した後半は訳されていませんが、長澤氏は詳細な解題で玄奘の翻訳作業
 にもふれられているので、簡単にご紹介します。

  玄奘をリーダーとする翻訳チーム(発足時)は、証義(訳語の考証)の担
 当12名、綴文(文体の統一)の担当9名(いずれも高い見識のある僧)、そ
 のほか口述筆記や浄書の担当、事務処理の役人などで構成されていたそ
 うです。「慈恩伝」の著者である慧立(えりゅう)と彦ソウ(げんそう)も
 スタッフの一員でした。玄奘がサンスクリットを漢文に翻訳し、補佐チ
 ームがスタイルを整え、推敲したようです。インドから持ち帰ったサン
 スクリットの原典は紙に書かれた巻物ではなく、「貝葉(貝多羅葉)」に
 書かれた貝葉本です。貝葉とはヤシ類の葉を一定の大きさに加工した書
 写媒体で、鉄筆に似た筆記具で文字を刻み込みます。書籍にするために
 は複数枚を紐でとじるので紙よりかさばりますが長期保存に耐え、イン
 ドから東南アジアにかけて広く使用されていました。私はバンコクの博
 物館で実例を見ることができました。

  玄奘のプロジェクトで翻訳された仏典は「瑜伽師地論」全100巻、
 「大般若経」全600巻など、総計74部1338巻と記録されています。これ
 だけでは実感がわきませんが、5日間に1巻のペースになるそうで、難解
 な仏教哲学書の翻訳としては驚異的なハイペースと考えられます。おそ
 らくインド滞在中に翻訳の構想はまとまっていたのでしょう。しかも玄
 奘は仏典の翻訳に加えて、西域の地理、政治、経済に関する調査レポー
 ト「大唐西域記」全12巻も作成(おそらく口述筆記)し、皇帝・太宗に提
 出しています。

  玄奘の17年間にわたるインド留学の旅は大変興味深く、いろいろな読
 み方ができると思います。地図で見ると、長安(現在の西安)から目的地
 のナーランダー寺(所在地は現在のビハール州)までは直線(大圏コース)
 で約2500kmですが、玄奘のルートは大きく西に迂回し、少なめに見積も
 っても片道6000kmです。これを徒歩で往復し、インドの大部分も踏査し
 た体力と調査力、さらに高位の権力者や実力者の信頼と支援を得てプロ
 ジェクトを実現させる実行力など、玄奘の人物像は「行動する知性」と
 しても特筆に値するように思います。

 ----------
 ●参考:
 ・「玄奘三蔵 - 西域・インド紀行」(講談社学術文庫、1998)
 ・「大唐西域記(全3巻)」(水谷真成 訳注/平凡社東洋文庫、1999)
 ●注:
 ・人名「彦ソウ」の「ソウ」は、りっしんべんに「宗」

 ■「サイバー大学」は成功するか?           田村洋一

 新年度、新入学、新学期…4月になると何か新しいことが始まりそう
な期待、そして少し不安も感じたものでした。特に高校から大学への進
学では環境が大きく変わり、クラスメイトになる人たちは全国から集ま
ります。決して広くはない日本でも地域により文化に違いがあることを
知る好機でもあります。ところが4月1日、クラスメイトの顔が見えない
大学が開校しました。福岡で設立された私立の「サイバー大学」(以下、
CyU)です。これはエイプリルフールではなく、真面目な正式名称です…
念のため。

 CyUは文部科学省の認可を受けた4年制の大学ですが、学校法人ではな
く株式会社です。つまり、理事長ではなく代表取締役が統括する、会社
概要のある大学ということになります。通常の意味での学園キャンパス
はなく、スクーリングもありません。学生は24時間いつでも、どこから
でも都合のよいときにログインして、インターネット経由で講義を受講
します。講義はすべて事前に制作されたビデオ教材(つまりWebコンテン
ツ)で、VOD(video on demand)システムからストリーム配信されます。
そのため受講者側には500kbps以上の通信速度を確保できるブロードバ
ンド回線が必要です。また、Windows Media Playerを使用する設計のた
め、MacやLinuxパソコンからはアクセスできません。これには抵抗を感
じる人もいることでしょう。

 この種の通信制大学の先行例としてまず思い浮かぶのは英国の「Open
University (OU)」と、それをモデルにしたと思われる日本の「放送大
学」です。OUは1971年開校の実績ある総合大学です。生まれたばかりの
CyUとは格が違いますが、3つのポイントを比較しながらCyUの将来性を
考えてみたいと思います。

 まず、卒業までにかかる学費。OUの場合、授業料は約10英ポンド/単位
(point)です。例えば優等学位「BSc (Honours) Computing and Design」
の課程は360単位なので約3600ポンド=約85万円。「BA (Honours)
English Language and Literature」でも同じで、この金額には教材費
など一切が含まれます。一方、CyUの授業料は2万1000円/単位で、卒業
に必要な124単位では260万4000円となります。これに入学金や教材費等
が加算され、総額271万円+αとなります。いまのところ奨学金制度は
ありません。新興のCyUはOUより3倍も高いことになり、OUにネット留学
して、ときどき英国にスクーリング(residential school)に出かけても
お釣りが残りそうです。この差を正当化するには極めて質の高い内容と
充実したサービスを提供する必要がありますが、まだ具体像は見えませ
ん。

 次に講義資料の一般公開について。2001年以降、MITをはじめ世界の
多くの大学で「OpenCourseWare (OCW)」の形式で講義資料をWebに無償
公開する試みが始まっています。日本でも16大学(国連大学を含む)がこ
れに参加しています。OUでも講義資料とほぼ同等の内容を無償でWeb公
開しています。Webサイトは「OpenLearn」で、その数は187講座と充実
しています。一方、CyUの場合、講義資料にアクセスできるのは学生だ
けで、一般公開の予定はないようです。社会人には、卒業資格は不要で
も、純粋に学術的関心や知的好奇心から、あるいは知識のリフレッシュ
の必要から最新の教材にアクセスしたいという需要があり、大学側も社
会的貢献の見地から無償公開を進めているわけですが、これは研究費の
確保にもプラスになると思われます。CyUでも講義のオープン化は今後
の検討課題の一つと考えるべきでしょう。

 最後に履修科目(コース)の構成です。OUには学部の概念はありません
が、例えば「Humanities: arts, languages, history」分野だけで136
コース、「Environment」分野では52コースあります。基礎コースに一
部重複がありますが、OU全体では数えきれず、広範な要求に応えていま
す。一方、CyUは2学部だけです。予告されていた開校時の科目数は、IT
総合学部18、世界遺産学部22、共通科目26で合計66科目です。世界遺産
学部というユニークな学部は、CyUの初代学長で学部長でもあるエジプ
ト学者・吉村作治氏あればこそですが、IT総合学部との取り合わせはチ
グハグ感を免れません。ITという実務重視と文化財というアカデミズム
では想定される受講者のターゲット層が全く異なるのです。前者には即
戦力となる若手の養成が期待され、しかも各種のeラーニング以上のレ
ベルが要求されます。後者には熟年層まで含めた幅広い受講者が想定さ
れ、カルチャースクール以上のもの(例えば学芸員資格の取得)が期待さ
れます。専門家として言わせてもらうなら、PCによる遠隔学習だけでサ
ーバの実践的運用のスキルやセンスが養成できるのかどうか疑問です。
大学の学部を簡単に変更したり廃止したりはできません。ビジネスとし
ての大学であるCyUのマーケティングが正解だったのかどうか、これか
ら検証されることになるでしょう。(蛇足ながら、CyUのWebページの使
い勝手はよくありません。内容の更新も遅れています。CyUの専門分野
でもあるわけですから、この状況は気になります)

 OUは伝統的にBBCのテレビ放送を活用し、ビデオやDVDを併用してきま
したが、2008年にはインターネットの本格的利用を開始します。時代の
趨勢といえそうです。誰でも、どこからでも、自由な時間帯で学習でき
ることは大いに歓迎されるべきことです。特に身体障害者の方々には朗
報といえるでしょう。しかし、オープン講座の拡充の流れの中では、授
業料を払う学生であることの大きなメリットがなければなりません。
BS/BAの授与と学割だけでなく、電子化された大学図書館への無制限ア
クセス(特に学会誌)や、学生と関係者で形成するバーチャルなコミュニ
ティの活性化が成功の鍵となるのではないでしょうか。

●注:本文中の数値は2007年4月4日現在。
   為替レートは、1ポンド=約235円。
●参考:
・サイバー大学:http://www.cyber-u.ac.jp/
・Open University:http://www.open.ac.uk/
・OpenLearn:http://www.open.ac.uk/openlearn/home.php
・OpenCourseWare Consortium:http://ocwconsortium.org./
・Japan OCW Consortium (JOCW):http://www.jocw.jp/
 ■ Pluto=冥王星の憂鬱                田村洋一

 米国の言語学会「American Dialect Society」(ADS) は2007年1月5日、
「2006 Word of the Year (以下、WY)は“Plutoed”に決定」と発表しま
した。Pluto(冥王星)を動詞として、「be Plutoed」あるいは「to Pluto」
のように「to demote or devalue someone or something」の意味で使
用する語法です。ちなみに、ADSは北米英語と他言語との相互作用を主
要な研究テーマとする1889年創立の学会で、季刊誌「American Speech」
を刊行しています。ADSのWY選定は1990年版に始まり、2006年版は17回
目にあたります。WYと同時に、毎回いくつかのカテゴリで新語が選ばれ
ますが、どれも単なる流行語ではなく、米国社会の現状を如実に反映す
る語や、インパクトの大きな、社会性のある語という視点がうかがえま
す。2006WYの最終候補は2つあり、もう1つは地球環境の激変に関わる
「climate canary」でした。この語は「Most Useful」に選ばれています。
今回のADSのプレスリリースには第1回からのカテゴリ別の選定語が意味
を添えて掲載されています。例えば、1990年に「Most Outrageous」に
選ばれた「politically correct /PC」などは、現在の英国で(多少ニュ
アンスを変えて)多用されています。なお、ADSのWebページにあるリン
ク集は、現代の北米英語、特に口語表現を知る上で有益です。

 さて、太陽系の第9惑星「冥王星」です。ご承知の通り、2006年8月に
プラハで開催された国際天文学連合(IAU)の第26回総会(3年ごとに開催)
において、「planet」という用語が正式に定義され、冥王星がその定義
に合致しないため、少なくとも学術的には「planet/惑星」とは呼べな
くなるという珍事が起こりました。太陽系の惑星の数はGustav Holstが
組曲「惑星」(The Planets:1917)を作曲した頃の8個に戻ってしまった
わけです。冥王星の新しい分類は「dwarf planet」(日本語表記は未定)
で、格下げのニュアンスが濃厚です。上述の「Plutoed」はそれを反映
した皮肉です。冥王星は1930年に米国の天文学者、Clyde W. Tombaugh
が発見した天体ですから、米国人にとっては愉快な決定ではありません。
しかも、2003年には同じく米国の天文学者チームが、冥王星よりわずか
に大きな天体「Eris」を発見し、第10惑星として承認されることが確実
視されていたのですが、これもplanet失格と判定されてしまったのです。

 私を含めて、今回のIAUの動きには疑問を感じている人が少なくない
と思います。IAUは「総会決議5A」で太陽系の天体(太陽を除く)を3種類
に分けました。1)planet、2)dwarf planet、3)Small Solar System
Bodies(前記の2種類に含まれない小惑星や彗星など)です。これらの総
称は未定義です。そして「総会決議6A」では「(決議5Aの)定義により、
冥王星はdwarf planetであり、新カテゴリであるtrans-Neptunian(外海
王星)天体の典型と認める」とされました(賛成237、反対157、棄権17で
可決。IAU会員は9600名以上なので、残りは白紙委任状?)。では、planet
とdwarf planetの差異は何かといえば、「軌道の近くに他の天体がなけ
ればplanet、あればdwarf planet」ということだけです。冥王星の場合、
「Kuiper belt」(カイパーベルト)と呼ばれる小惑星帯に似た場所を通過
すると推定されることが理由のようですが、現状ではKuiper belt自体
が観測不能で仮説の域を出ていません。実際に何があるのかは、いま木
星あたりを飛行中のNASAの冥王星探査機「New Horizons」が冥王星に接
近する2015年まで待たねばなりません。IAUには、冥王星をこのまま
planetにしておくと今後planetに該当する天体の発見が急増しそうだと
の懸念があるようです。「planetの数を増やしたくない」というのが本
音とすれば、これは天文学者の潔癖な分類癖の表れなのか、あるいはロ
ーマ神話の神様の名前にも限りがあるという事情なのでしょうか?

 さらに大きな問題は、今回のIAUの定義が「太陽系の惑星」に限られ
ることです。パリ天文台のJean Scheider氏によれば、2007年1月13日現
在、「太陽系外の惑星」(通称:exoplanet)と考えられる候補が209個発
見されています。IAUが惑星の定義に着手するという話を最初に聞いた
とき、私はexoplanetを念頭に置いた「惑星の一般定義」を期待しまし
たが、これは見事に裏切られました。担当のIAU第3部会が太陽系だけを
守備範囲にしていることが原因のようです。しかし、exoplanetを含め
た「惑星」の定義の必要性は高まるばかりです。2006年12月27日には欧
州のexoplanet観測衛星「COROT」が打ち上げられました。予定されてい
る3年間の観測で10~40個の地球型exoplanetが発見されると予測されて
います。今回の「太陽系の惑星の定義」が再検討を迫られるのも時間の
問題でしょう。(一般に、「惑星=恒星の衛星」、「衛星=他の天体の
周りを周期的に回転する天体」でよさそうですが…)

 「planet/惑星」ということばは天文学の専門用語とはいえないほど
一般化しています。映画データベース「IMDb」で検索したところ、タイ
トルに「planet」を含む作品は330件あまり。古典的名作「Forbidden
Planet」(禁断の惑星)、大ヒット作「Planet of the Apes」(猿の惑星)、
邦題では「惑星ソラリス」などもあり、そのほかパロディや怪しげなB
級映画まで多彩です。「惑星」を天文学者にハイジャックされたいま、
われわれは再び「遊星」を復活させるべきなのでしょうか?

●参考:
・American Dialect Society (プレスリリースはPDF):
 http://www.americandialect.org/
・IAU (International Astronomical Union:国際天文学連合):
 http://www.iau.org/
・「すばる望遠鏡」で見た冥王星 (遠目には1つに見えても…):
 http://subarutelescope.org/Gallery/pressrelease.html#1999
・PlutoとCharon(カロン;英語ではケアレン)の詳細解説:
 http://www.nineplanets.org/pluto.html
・NASAの冥王星探査機「New Horizons」:
 http://pluto.jhuapl.edu/
・CNESとESAの太陽系外惑星探査機「COROT」:
 http://www.esa.int/SPECIALS/COROT/
 ■ アストル・ピアソラの「自伝」             田村洋一

 ひさしぶりに書物に呼び寄せられるという経験をしました。先日、渋
谷を歩いていて、ふと国連大学の裏手にある青山ブックセンターに立ち
寄ることにしたのです。気の向くままに書棚からブラジル音楽の本など
を取り出して見ていると、何か視界に引っ掛かるものがあります。足元
の平台に積まれた黒っぽい本で、タイトルは「ピアソラ 自身を語る」
(河出書房新社、2006年7月20日刊)。確かにジャケットの写真はアスト
ル・ピアソラ(Astor Piazzolla:音楽家)のような…「ピアソラの自叙
伝なんてあったっけ?」と半信半疑で手にとると、かなり分厚い本です
(408pp)。翻訳者がピアソラ研究者の斎藤充正さんなら内容は信頼でき
そうです。ピアソラに関心を持つ者として見逃すことはできません。早
速購入し、近くの画廊兼喫茶店でページをめくり始めました。

 本書はアルゼンチンのジャーナリストで熱心なタンゴ愛好家、ナタリ
オ・ゴリン(Natalio Gorin)の著作「Astor Piazzolla - A Manera de
Memorias」(2003年の増補改訂版)の翻訳で、4部構成になっています。
第1部はゴリンのインタビューに答える形で構成されたアストル・ピア
ソラの「自伝的回想」。この1990年のインタビューが完結しないうちに
ピアソラはパリで倒れ、2年後にブエノスアイレスで死去しました(71歳)。
第2部はゴリンのピアソラ論考。第3部はピアソラ周辺の関係者10人の証
言。3人の妻の回想が含まれないのは残念。第4部は充実した資料編です。
この中では何といっても第1部が抜群に面白く、ピアソラの独特の人物
像が見えてきます。ピアソラ周辺の音楽家についての記述も豊富で、聴
き慣れたCDも別の聴き方をしてみようという気を起こさせます。第4部
の資料編、特に斎藤さんが大きく貢献したディスコグラフィはピアソラ・
ファンには大変有益です。ピアソラのレコード(大部分は海外盤)は非常
に数が多く、同時に廃盤も多く、何がオリジナルなのかよくわかりませ
ん。私もデータ不詳のイタリア盤を持っていますが、この資料のおかげ
で、それが2枚のアルバムから再編集されたものらしいことがわかりま
した。翻訳者の立場で本書を見ると、膨大な固有名詞の表記や事実関係
の確認にかなりの手間がかかると思われますが、細かな訳注に加え、誤
植がほぼ皆無なのはさすがです。なお、著者ナタリオ・ゴリンは日本語
版の刊行直前の2006年7月7日に胃ガンのため66歳で亡くなりました。各
国の研究者の協力で5カ国語に訳され、成長してきたこの本は、古くか
らのピアソラ・ファンが多い日本で最終版となったわけです。

 私がピアソラの音楽に出会ったのは1960年代の中頃のことです。NHK-
FMの音楽番組(永田文夫DJの「ラテンタイム」、あるいはホルヘ的場DJ
の別番組)でタンゴ界のアバンギャルドとしてピアソラが紹介されまし
た。正確な曲名を思い出せないのは残念ですが、鋭角的なバンドネオン
の響きが強烈な印象を残し、「アストル・ピアソラ」という名前は私の
記憶にしっかりと刻みつけられました。1968年にオペレッタ「ブエノス
アイレスのマリア」が発表されたときは、かなり熱心にレコードを探し
ましたが入手出来ません。この作品は本国アルゼンチンでも興行的に失
敗だったのですから仕方ありません。結局、国内盤LPは発売されず、オ
ーマガトキからCDが発売されたのはずっと後のことです。ピアソラは長
い間マイナーな存在だったのです。40年間にいろいろ思い出があります
が、ピアソラの音楽(特に「タンゴ」とは意識していません)は私の生活
の一部になっています。特にキンテート(五重奏団)のライブ演奏は何度
聴いてもスリリングで、飽きるどころか新たな発見があるほどです。よ
く最高傑作は「アディオス・ノニーノ」だといわれますが、フーガの手
法で書かれた「天使の死」のほうに私はピアソラらしさを感じます。

 アストル・ピアソラの一生は「居場所」を探す旅のようなものでした。
これには3つの意味があります。1番目は活動の拠点、2番目は音楽的な
スタンス、3番目は生活のパートナーとしての女性です。現状に安住す
ることに不安を感じる性分だったのか、否定と創造の繰り返しでした。
ピアソラが残した膨大な録音と楽譜は、その変貌の軌跡です。天才的な
バンドネオン奏者としてのピアソラは世を去りましたが、作曲家として
の評価はこれから始まると言ってもいいでしょう。例えば、ピアソラの
映画音楽を集大成して再評価することも重要な研究テーマです。

●参考:
・アストル・ピアソラ研究の情報サイト: http://www.piazzolla.org/
 ■「英語が使える日本人」の育成とは?(後編)
                            田村洋一

 いま小学校で進められている英語教育(文部科学省では「英語活動」
と呼ぶ)も「行動計画」の一環です。その発端は1998年7月の教育課程
審議会答申に「小学校における外国語の取扱い」が盛り込まれたことで
した。「国際化への対応」の項の一部を引用すると、「『総合的な学習
の時間』や特別活動(※クラブ活動のこと)などの時間において、国際
理解教育の一環として、児童が外国語に触れたり、外国の生活や文化な
どに慣れ親しんだりするなど小学校段階にふさわしい体験的な学習活動
が行われるようにする必要があると考える」とあり、内容も概ね妥当で、
言語も英語には限定されていません。この答申を反映する形で、2003年
12月26日に「小学校学習指導要領」が一部改訂され、現在の「英語活動」
はこれが根拠になっています。英語という独立した科目とは認定されて
いません。

 答申から2年半後の2001年1月に「英語指導方法等改善の推進に関する
懇談会報告」(以下、懇談会報告)が発表されました。資料編を含めて
約28ページという詳細な報告書で、一読に値します。英語指導と題され
てはいるものの、「英語以外の様々な外国語に触れること」の重要性も
指摘され、「アジア諸国等の言語にも一層目を向けるようにすることを
促したい」とあり、さらに「アジア諸地域からのALT(※assistant
language teacher:外国語指導助手)の招致は近隣諸国についての理解
を深める上からも重要である」とも書かれています。もっともなことで
す。

 ところが奇異なことに、この「懇談会報告」には2種類の短縮版があ
るのです。まず「懇談会報告要旨」では、報告本文の冒頭の一文「21世
紀を担う児童、生徒や学生たちが、将来、英語による基礎的・実践的な
コミュニケーション能力をしっかりと身に付けることは、国際化、グロ
ーバル化が急速に進む今日、極めて重要な課題である」はそのまま残さ
れましたが、英語以外の外国語への言及は一切割愛されました。さらに
「懇談会報告の概要」では、「言わば国際共通語となっている英語によ
るコミュニケーション能力の向上が強く求められている」と、ほとんど
英語一辺倒の表現に変わり、他の外国語は完全に切り捨てられてしまい
ました。

 このスタンスが「行動計画」に反映されているのです。「行動計画」
の全文中で「アジア(Asia)」という語が出てくるのは1カ所だけ、そ
れも「アジア諸国を中心とする諸外国における英語教育の取組状況につ
いて調査し、…」という部分です。「近隣諸国(neighbour countries)」
に至っては全く登場しません。国際社会におけるコミュニケーション能
力の向上を謳いながら、いったいコミュニケーションの相手として誰を
想定しているのでしょうか。

 私自身、英語の翻訳に関わっている以上「英語が使える日本人」に該
当すると思いますが、今日の日本人に必要なのはアジアの隣人とのコミ
ュニケーション能力の強化です。ビジネスライクに考えても、中国語が
できるかどうかで巨大な中国市場での事業活動の成果は全く変わってき
ます。東南アジアではビジネスエリートは英語が堪能ですが、現地語を
読めなければバスにも乗れません。「外国語=英語(実は米語)」とい
う発想は有害かつ危険です。英語はできるに越したことはありませんが、
所詮は次善の手段に過ぎないのです。英語だけでは各国の文化や歴史、
国民性は十分に理解できません。
 
 国際会計基準や日本版SOXの導入、公共サービスの急速な民営化、誰
も求めていない「裁判員制度」の導入などの一連の動きの中で、この
「行動計画」の意味を考えてみることも有益ではないでしょうか。

●参考
・「『英語が使える日本人』育成のための行動計画」(文部科学省:2003):
 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/15/03/030318a.htm
・「Action Plan to Cultivate "Japanese with English Abilities"」
 (文部科学省:2003/上記の「行動計画」の英語版):
 http://www.mext.go.jp/english/topics/03072801.htm
・「英語指導方法等改善の推進に関する懇談会 報告」(文部科学省:2001):
 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/01/010110a.htm
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