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■ 日英語の性質の違いが翻訳に及ぼす影響(その3)

                             小川 明
◆名詞に前から掛かる修飾要素は短い

前回では、次のことを明らかにした。日本語と英語のどちらの言語でも
名詞に前から掛かる修飾要素は短い。

a. ある精神病院へ曲がる〈横町〉     (芥川龍之介『歯車』)
b. さっき境内を掃除にきた〈おばさん〉(武田百合子『ことばの食卓』)
c. the most dangerous〈creature〉
d. three beautiful young〈girls〉

それと対照的に、英語では、後置修飾は相当長くなることができる。

a.〈machinery〉capable of clearing rubble off the main roads
b.〈the street〉where my grandmother had lived

日本語では、後置修飾は存在しないので比較しようがない。

◆英語は、文でも動詞の前は短く、後は長い 

さて、文についてはどうであろうか。文の中心は動詞であって、英語で
は、その前後に文を構成する要素がくっつくことができる。よく知られ
ているように、基本的には、主語のみが動詞の前にきて、動詞の前より
後の方が圧倒的に長くなる。

この性質から出てくるのがいわゆる形式主語である。長い主語を避ける
ためにitを用いる。

〈That he was happy〉was evident from his face.
〈It〉was evident from his face that he was happy.

また主語に関係代名詞節を含む頻度はそんなに高くない。これは主語を
できるだけ短くしたい傾向の現れである。

◆名詞句と文はパラレルである

ここで注目すべきことは、英語では、名詞でも文でも核となる要素(名
詞および動詞)の前が短くなり、その後が長くなることできることであ
る。名詞句と文でパラレルである。どちらにおいても名詞と動詞に掛か
る要素はその右に右に伸びていくのである。

◆日本語では名詞句だけでなく文も短い

それでは日本語を観察してみよう。やはりパラレルである。名詞句にお
いて名詞が最後にくるのと同様に、文においても核になる動詞は最後に
くる。もし核となる要素の前は短くなる傾向があるとすれば、日本語に
おいては、名詞句と同じように、動詞に掛かる要素は短くなるはずであ
る。つまり文は短くなる。この推理はかなり当たっている。ひとつひと
つの文は短い。

出立の朝、七時に飯を食っていると、栄吉が道から私を呼んだ。黒紋
付の羽織を着込んでいる。私を送るための礼装らしい。女達の姿が見
えない。私は素早く寂しさと感じた。  (川端康成『伊豆の踊り子』)

そこで、日本語では、文を長くするために短い文をいくつも連結させる
手段をとる。

a. 点灯夫とは、夕暮れ時になると/ 街灯ひとつひとつに灯をともし、
/空が明るくなると/ その灯を消していく、/[あの仕事をする人]のこと
だ。  (西本郁子『時間意識の近代』) 

b. 読者は、この男と共に、[人のいない路]を歩き、/ [人気のない]家
を眺め、/風鈴の音や小鳥の鳴き声に耳をすませ、/そして、ゆったりと
畳に寝そべっている、/その贅沢を味わう。(清水正『つげ義春を読む』)

以上日本語では名詞句でも文でも短くなる傾向があることがわかった。

◆なぜ前短・後長になるのか

なぜこのように核になる名詞と動詞の前が短くなり、後が長くなる傾向
が存在するのであろうか。日本語では前にしか生じることができないの
で、常に短くなる。その答を提案してみたい。
私たちが文を理解していく時、動詞に、掛かる要素をすべて掛け終わっ
た時、理解したと感じる。これは柳父章『比較日本語論』(日本翻訳家
養成センター)が、福沢諭吉によるアメリカの独立宣言の翻訳に関して
次のように述べていることを証拠にあげることができる。

読者は、動詞が現れたところで、だいじな意味を語る言葉が分り、思考
の流れはひと区切りつく。ひと区切りついた部分は一応前へ預けておい
て、その先へ読み進んで行ける。

そうすると、掛けるべき土台である動詞が出現するまで、読み手は宙ぶ
らりんのままである。そこで、できるだけ早くその中途半端な状態を脱
したい。そこで動詞の前の部分は短くなる。それに対して動詞が出てき
たあとでは、掛けるべき要素はすぐ結びつけることができる。それゆえ
宙ぶらりんの時間はない。そこで英語では、いくらでも長くできるので
ある。

このことは、名詞の前が短くなり、後が長くなることにも当てはまる。
それゆえ、掛ける要素が常に前にある日本語では、いつも名詞句と文が
短くなるのである。

◆翻訳の問題に戻る

この観点からもう一度翻訳の問題を見直してみると、長さだけの問題で
はないことが明らかになる。長い連体修飾節であっても、短い文を並列
に並べた場合は、不自然にならない。動詞が出てきた段階で終了した感
じになるからである。

a. [群馬の山村に生まれ、/東京で苦学して/ 電気専門学校を出、/戦争
に行き、/肺結核の大手術を受け、/ふるさとの生家の下の家に婿に入っ
た]〈あなた〉は、電気技師として勤めていた鉱山が閉山になるととも
に東京に行きましたね。 (南木佳士『天地有情』) 

b. [早稲田の方からきて/ 高田馬場の駅前で省線のガードをくぐり、
/小滝橋で [新宿からきた] 道と合して/ 中野へと通じている]〈戸塚の
大通り〉は、・・・        (佐多稲子『私の東京地図』)

それではどのような時翻訳が不自然になるのか、次回で調べてみよう。

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